魔王がめちゃくちゃ強いと聞いたので負けないようにレベルをカンストするまで上げたら女神の恩恵でレアスキルが手に入ったんだけどおかげで魔王を倒せなくなって人生詰みそうです

南村知深

第1話 最終決戦へ

 険しくそそり立つ山々に囲まれ、天を衝くようにそびえ立つ魔王城は、想像を裏切って非常に壮麗で美しい建築様式だった。

 禍々まがまがしい魔力に覆われていることを除けば、壁は輝かんばかりに白く、屋根は抜けるような蒼穹を模した青。広い庭園は手入れの行き届いた緑の生垣と花壇に彩られ、見事なシンメトリを描いている。

 本当にこんなにも目を奪われる素晴らしい景観の城に、人類を滅ぼそうと企む邪悪で残虐な魔王がいるのだろうか。

 いやいや、と首を振る。

 いくら美しかろうと、普通の人間では一瞬で精神を破壊されるほどに濃く漂う暗黒の魔力が、魔王とその側近の存在を示している。


「……よし」


 私は改めて意識を集中し、庭園に足を踏み出した。



 国王より『勇者』の適性を認められて、はや数年。

 田舎の農家の次女に生まれ、何のとりえもなかった私。そんな私が世界を救う勇者であると知り、ただ一心不乱に努力を重ねて力をつけ、スキルを学び、旅を続けて――今まさにその責務を果たそうとしている。


     ◇  ◇


 今より三百年余り遡る。

 魔王がこの世界に突如現れて、人類を滅ぼそうと魔物を放ち、村や町を蹂躙した。

 もちろん、人類はその脅威を座視するだけではなかった。強力な軍を編成し、武器を開発し、魔物の討伐を始めた。

 しかし、軍の力で魔物を倒せても、それよりも上位の『魔獣』には歯が立たなかった。強靭な体を持つだけでなく、人間の魔道士よりも強力な魔法を操るためだ。

 このままでは人類はなすすべなく滅んでしまう。

 そんな絶望の声が聞こえ始めた――そのときだった。

 神の恩恵を受けた『勇者』が誕生した。

 勇者は神が創造したと言われる聖剣を手にし、数多のスキルを鍛え上げ、人々を苦しめる魔獣をほふり、長い旅の末――ついに魔王と相対した。

 その戦いは壮絶を極めた。

 どちらも一歩も引かず、互いの持てる力をぶつけ合い、限界を超えた戦闘は――勝敗がつかないままに終わった。

 最後の一撃を放った勇者はすべての力を使い果たして倒れ、その攻撃で深手を負った魔王もまた、倒れた。

 そうして、束の間の平和が訪れた。



 そう、だ。

 魔王は倒れたが、滅んではいなかった。

 勇者から受けた傷を癒すために深い眠りにつき、数十年を経て復活したのだ。

 だが同時に、それを見越していたかのように、復活した魔王を討ち倒すべく新たな勇者も誕生していた。

 そうして両者は宿命のように戦い、互いに傷つき倒れ、短い平和が訪れ――それを四度繰り返して、此度復活を果たした魔王を討つべく、私が勇者に選ばれたということだ。

 歴代の勇者の強さは伝承に綴られている。非常識、奇跡、ありえない。そんな言葉で表現されるほどの力とスキルを持つ勇者でも、魔王を滅ぼすところまではいかなかった。

 それほどまでに、魔王とその側近の力は強大なのだろう。

 だからこそ。

 私は万全を期すために、レベルを最大まで上昇カンストさせ、ステータス値はアイテムを目一杯活用して限界値まで鍛え、身に着けられるスキルはすべて習得した。装備品も厳選に厳選を重ねた。歴代勇者から受け継がれた聖剣に、本来禁忌とされる『特殊効果付与』を行う暴挙までした。私財を使い果たして補助アイテム類も充実させた。

 やり過ぎと言われるほどの準備を重ねて、私は魔王に挑む。



 ……だって、相討ちで死ぬの、嫌じゃないですか。

 まだ私、十代の女の子ですよ。

 勇者の使命を負って世界の平和のために戦うのはいいけど、平和になった世界を私が楽しめないなんて真っ平御免やってられないですよ。


     ◇  ◇


 美しい庭園を抜け、魔王城の正門を見上げる。

 門番はいない。勇者がやってきたというのに、随分余裕があるようだ。

 だが、魔王は私がここにいることをすでに察知しているだろう。城を包む濃い魔力が少し変化したのがその証左だ。

 緻密で美麗な彫金を施した重厚な門を押し開けると、外観に負けず劣らず整然とした広いエントランスホールにつながっていた。床には磨き抜かれた大理石と染み一つない赤い絨毯。壁の窓にはステンドグラス。真っ白な柱には獅子を模した魔法灯ランプが掲げられている。

 もっとおどろおどろしい、薄暗い室内を想像していたが……意外だった。

 とはいえ、ここは魔王の居城。上級魔獣の巣窟とも言われているし、油断はできない。

 私は聖剣を抜き、構えながらエントランスを進んだ。

 魔王の玉座は十三階にあるという。そこにたどり着くには、襲い来る何十何百の魔獣を倒し、側近の四天王に勝利しなければいけない。万全の備えをしたと言っても、やはり不安は残る。


「…………」


 それにしても静かだ。

 まるで城内に誰もいないような、耳が痛くなるほどの静寂に満ちている。魔獣の雄叫びはもちろん、その気配すらない。

 しかし、それは私にとってありがたいことだ。魔王や側近との戦いの前に余計な消耗をしなくて済むから。

 そうして魔獣の姿を見ることもなく、階上へ進みゆく。


「……さすがに変だよね……」


 記憶違いでなければ、すでに十二階まで上ってきているはずだ。

 なのに、ここに来るまで一度も戦闘は起きていない。魔獣はもちろん、四天王の姿もない。いくらなんでも変だ。

 ひょっとして……と私の脳裏に嫌な予感がよぎる。


「玉座の間に全員集合、とかいうんじゃないでしょうね……」


 考えたくないが、その可能性は大いにある。

 よくある冒険譚サーガでは、四天王が世界各地の拠点で単独で勇者に挑み、倒されていく。そして最後に残った魔王と一騎打ちとなり、勇者が勝利するという結末なのだが……普通に考えたら、魔王と四天王の五人が協力して戦えば、勇者が勝つ可能性など微塵もないのだ。多対一の戦いは卑怯だの外道だのという批判は人類側の言い分であり、むしろ邪悪の化身である魔王にとっては誉め言葉だろう。

 魔王を上回っていたであろう力を持つ歴代勇者が魔王を滅ぼせず、相討ちになっていたのは、冒険譚のような一対一の戦いがなかったからなのでは……と、そんなことを考えてしまった。


「うぅ……嫌だなあ……死にたくないなあ……」


 そんな弱気の虫が湧いてきても、もはやどうすることもできない。

 玉座の間の扉は目の前だ。

 嵐の前の静けさか、本当に周囲は静かだった。

 いまさらながら周囲探索スキルを使って室内の敵の数を探ってみるが、何一つ気配を探知できなかった。最終決戦ラストバトルの舞台に立とうという強敵がそんなものに反応するはずもないことはわかっていたけれど。

 開けた瞬間に起こるだろう多対一の戦闘に意識を集中して、扉に手を添える。

 すると、重そうな扉が音もなくすうっと内側に開いて――


「…………」


 部屋の奥、誰もいない空っぽの玉座が視界に飛び込んできた。

 ぐるりと見回してみても、動くものや気配は何もない。



 どうやら、魔王も四天王も留守のようだった。

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