消滅

橘しずる

第1話

 とある村の話

 地図にのらない、山奥の村の話

 卒業旅行で友人と四人で秘境の温泉宿に行く事になった

 卒論を提出し、羽根を伸ばす旅行……

「二泊三日だけど、楽しもうね」 

 友人Aがハンドルを握りながら、話をする

「とにかく、のんびりと過ごしたいな」

 友人B……

「これから行く宿の近くに、廃村があるみたいよ」 

 オカルト好きのC……

「温泉でまったりしましょう」 

 私はCのイタズラっぽい横顔に、ため息を一つ

 

 

 秘境の宿は携帯が使えない山奥にある

 都会から、三時間ほど車を走らせた場所にあり

 宿の周囲は整備されていたが、一歩、雑木林に入ると

 昼間でも薄暗い……迷子になってしまうほど、うっそうとしている

 私達は車からおり、「ほわぁ……」 と間の抜けた声を出した

「本当に何にもないんだね……」

 Bが呟いた

「山奥って感じだよ」 

 Aが宿を見つめて呟く

 Cは雑木林の方を見つめ

「あの雑木林の奥に何かあるのかな?」

 すかさず私は「雑木林には行かないからね」

 とツッコミを入れる

 

 

 

 非日常の空間を満喫する私達

 和室でくつろぎながら、とりとめのない会話をしている

「あぁ……なんか退屈」

 Cがアクビをしながら、私達を見た

「夜の散歩でもする?」 

 Bが口を開いた

「まだ、午後九時か……確か、外に露天風呂があるって、仲居さんが言ってたな」

 Aが口を開く

「露天風呂は雑木林を抜けたところにあるみたいね」 

 

「行こうよ……露天風呂!」

 Cがキラキラと瞳を輝かせる

 

「雑木林を探検したいのでしょう?Cさん……」 

 私は彼女に笑いかける

 

 

 二人ずつ、外の露天風呂に行くことにする

 最初にAさんとBさんが行くことになり、露天風呂に向かう

「長湯しないでね」

 Cが見送る

「星が綺麗……」

 ぼんやりとロビーのソファに身体を沈める

「…………え……り」 

 耳元で声がして、振り返る

 

「どうしたの?」 

 Cが自販機から、お茶を買ってきた

「なんでもない」

 私は気のせいだと思った……思いたかった

 耳に息がかかる感覚があったからだ

 三十分ほどたって、ほわほわと湯気をあげて先発組が戻ってきた……「気持ちが良かったよ……朝一で四人で入ろう」 

 Aが話す

 

「行こうよ……楽しみね」

 Cが私の腕を引っ張った

「あぁ……行ってくる」 

 私とCさんは露天風呂に向かった

 私は何処からか視線を感じながら、雑木林の小径に入って行った 

 

 雑木林の入口近くに「露天風呂」の矢印の看板があったので、Cと向かった

 Aの話では、五分ほど小径を歩くらしい

 露天風呂に続く小径は舗装されていた

 Cが露天風呂近くに獣道らしい道を指した

「ねぇ、露天風呂に入る前に散策しない?」

 私は月明かりが届かない獣道を見つめる

「灯りを持ってないし、止めない」

 獣道の暗闇に呑み込まれそうで、嫌な感じがした

「寒いし露天風呂で温まろうよ」

 と言葉を続ける

 Cはう……んと獣道をちら見して

「朝一に行か……あれ?誰かこっちに来るよ」 

 私も獣道の方を見る

 無数の灯りが一列に動いている

「なんか嫌な感じがする……露天風呂に行こう!」

 Cの手を引いて、露天風呂の入口に消えた 

 

 露天風呂に浸かって、さっき見たのは何だったのかとCと話している

 露天風呂の対岸に黒く大きな建物らしきものが見える

「なんか気味悪いね」

 露天風呂の湯は温かいのに、背筋がゾッとする

「あれ? さっきの灯りじゃない?」

 Cが見つめている

 

「……か……え……」

 ヒャと小さく悲鳴をあげた

 耳元に息を吹きつけられた

「どうしたの?」 

 Cが私の方を見る

 

 パシャ……

 誰かが湯ぶねに入って来たようだ

「あ……あ……」 

 Cの顔が月明かりで青さを増した感じになる

「どうしたの? Cさん」 

 私は彼女の視線の先に目をやった

 

 湯けむりの中に数人の人影が見える

 私もCも動けない

 ゆらゆらと揺れる人影は、口元だけが不敵な笑みを浮かべている……「おかえりなさい……逝きましょうか」

 囁くような声が重なっていく

 私達はあまりの恐怖に悲鳴をあげて、脱衣場に向かってバシャバシャと水しぶきをあげて逃げた

「早く宿に戻ろう……早く、早く」 

 私達は露天風呂を振り返ることなく、宿に走って帰った

 AとBに露天風呂の話はできなかった……何故なら、朝一で外の露天風呂に入る事になってしまったからだ

 Cがおかしな事を口にした

「昨夜の露天風呂には、川のせせらぐ音はしなかったわ」

 確かにそうだ……遠くに家らしき灯りが見えていたように思う

 昨夜の露天風呂は今入っている場所ではない感じがした

 AもBもキョトンとしている

「あのさー。二人でずいぶんと長湯をしていたよね?どこの露天風呂に行っていたの?」

 

「どこって……雑木林の先の露天風呂だよ」

 私が答える

「雑木林の先?変だな……雑木林の手前に露天風呂の入口があったでしょ?」 

 Aが話す

「雑木林の探索をしていたのよ」 

 とBが話す……そして「仲居さんがね、月が青白い光を照らす夜には、廃村の共同浴場みたいなところに行くお客さんがいるみたいって言っていたわ」

 

「でも、旅館を建てる時に廃村は更地にされて……第二駐車場になっていると言っていたじゃないの」 

 Aが答える

 私もCも背筋が寒くなってしまい、そそくさと露天風呂を後にした……「私達は昨夜は消滅した廃村の浴場に行ってしまったのだろうか?」 

 

この話は何十年前に私が体験した出来事です… 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

消滅 橘しずる @yasuyoida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る