向う岸

橘しずる

第1話

 一筋の白銀の光が走り、一面が朱に染まる

 ……しだいに光が闇に吸い込まれてゆく

 身体から熱が失われてゆく……意識が遠退く

 そして……

 

 ……ガバッ、ドシン!!

「イテテテ……またか」

 金縛りが解けた感じだ……ベッドの端から

 滑り落ちた……僕

 汗が吹き出して、シーツや寝巻きを濡らしていた

「イテテテ……越してから……まいったなぁ」

 ボリボリと頭をかきながら

 洗面所に向かう

「事故物件じゃないはずなんだがな」

 このマンションに越してから、半年になる

 出向で地方に行く事になった……このマンションは

 会社の所有する物件だ

 目覚ましが寝室から「起きろ、起きろ」と

 なっている……目の下のくまをしみじみと眺め

 ため息をついた

 

「Mさん、おはようございます。

 どうしましたか……顔色が悪いですよ 」

「おはようございます。そうかなぁ……こっちに越してからさ

 はぁ~怖い夢ばかり見るんだ 」

 同僚のAが、なるほどといった顔をする

「夢って……侍が出てくるやつですか?」

「なんで……わかるんだ?」

「いえね……前任者の方が言ってたから、

 もしかしてと思って……」

 僕は詳しく話を聞きたいとAに言った

 

 ここからは、Aの話

 僕の前任者は感が鋭い方らしく、心霊体験が多いそうだ

 僕の暮らす社宅に越してから、すぐに侍が現れた

 初めは玄関に立っているだけだけだったが

 新天地で仕事をこなすようになって、半月ぐらいに

 前任者の……彼をTさんとする……侍は枕元に立ち

 鞘から、白銀に光る刃をTさんの首に当ててきたという

 Tさんは金縛りで、身動きがとれないまま……

 侍とにらめっこをして、一夜を明かした

 そんな日々を過ごすうちに

 体調を崩して、会社に移動願いを出し

 本社に戻っていったそうだ


「……なるほどな。僕がTさんと入れ代わって……なるほどな」

 


 多忙な日々の中で夢を見てはいたが……「またか……いい加減にしろよ!」とお祓いをした神社の御守りを握りしめて寝ていた

 僕の出向は残り3ヶ月になった頃、本社に戻るようにと辞令がおりた

 Tさんの手掛けていたプロジェクトを僕が引き継ぎ

 なんとか実現させる事になったからだ……

 来週には本社に戻れると喜び

「悪夢から解放される

 こんなめでたい事はない 」とAと飲んで……

 夜更けに帰宅すると……あるはずの社宅が消えている

「僕の家がないぞ……ん?酔って、道を間違えたか?」

 僕は後ろを振り向く……ん?どうなっているんだ?

 振り向いた景色が違う……社宅の近くにはコンビニがあるはず

「嬉しくて、飲み過ぎたか……」

 目の前に広く大きな川がある……辺りには建物はない

 広い川岸が見える

 カチャカチャと何がぶつかる音

 逢魔が時を思わせる深紅の空に

 複数の人影……

「一体、どうなっているんだ!」

 背後からもカチャカチャと何がぶつかる音と

 ザッザッザッと砂利を踏みしめる足音

 ブオゥブオゥ……と法螺貝の音

 僕は自分が戰場の真ん中に

 佇んでいる事に気づいたのは

「うおおお……怯むな!進め!」

 馬上の甲冑をつけた侍が

 通り過ぎた時だ

 目の前で戦が始まる

 驚き、家に戻ろうと

 侍たちと逆の方向に走ろうとする刹那

「愚か者!」

 大将らしい侍が立ちはだかり

 僕の目の前に白銀の光が走り

「なんだよ……いつも見ていた悪夢じゃない……か?」


 今、僕は実家で暮らしています

 僕は社宅近くにあるコンビニ付近で

 ダンプカーに轢かれ、生死を彷徨うような

 大怪我をし、本社に戻る事はありませんでした

 見舞いに来てくれたAが

「社宅の辺りは古戦場跡で、供養塔があったらしいんです

 けど……宅地開発の波で、壊されて……あの社宅の辺りに供養塔があったそうです 」

 と話をした







 

 


 

 

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向う岸 橘しずる @yasuyoida

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