拝啓 天馬 まずは第一関門です

 

 今日は、前世で言うならブルーマンデー。憂鬱な月曜日よ。


 昨日が皆ウキウキの休日で、サニーとクッキーを作って楽しく過ごしたからこそ落差が激しいわ。


 こんな日は、よく前世で職場の先輩が言っていたことを思い出します。


『月曜日は頑張らないことを頑張る日だよ。大事な仕事や会議、接待はいれないで、できるだけストレスの少ない仕事をして一日を終わらせるんだ。週の初めからやる気全開なんてやってられっか』


 私もその意見に賛同して、月曜日のスケジュールは調整したものです。


 けれど、そうはいっていられない日もあるわけで、今日はその日というわけよ。


 今思えば、なぜ週の初めにロレンツオ様との合議を承諾してしまったのかしら。週の終りでも良かった気がするわ。


 ああ、今の私の心は、まるで戦場に行くかのような気分よ。


 この前のアラン様の一件から、どうも星を五つ賜った方と話すのは緊張するのよね。


 昨日の夜も緊張のせいか、なかなか眠れずに、アーチ型の窓から見える夜空を眺めていたわ。


 けれど、雲の多い夜だったみたい。

 月は見えず、星の瞬きもない暗闇。


 気持ちを変えたくて窓を少し開けたら、風が草の香りを運んできて、私の黒髪をなびかせたわ。


 それがまるで闇に流れる細い雲のようで、そんなことを考えたら、なんだか急に寂しくなってしまったの。


 月も星も見えぬ夜は、人の心を寂しくさせるものね。


 けれど、怯えた私の気持ちを叱咤するかのように、厚い雲から月がその姿を見せてくれたわ。


 少しずつ雲が風に流れ、月が完全に顔を出すと、私の不安も流れていくようだった。


 大きく光り輝く月を見ていると、その眩しい光が、私に力を与えてくれている気がして。


 大丈夫、明日もきっと頑張れる。そう思えたの――――。


 



「よし! 素敵な文にできたわ!」


 うん、愛らしくも、健気で可愛い女の子の手紙だわと、ソフィーは満足げに頷いた。


 緊張している、不安だなどと書いておきながら、ソフィーは特段緊張も不安なことも一切なかった。


 ちょっと最近おてんばし過ぎてしまったので、下手くそな詩っぽいもので、可憐な少女を装ってみたのだ。


 本当は月など見ていないし、眠れぬどころかぐっすり寝すぎて、朝起きて今日が何の日か忘れそうになったほどだ。


 そう、後半の内容は完全なる偽りだった。


 だが所詮見る者のいない日記。書いたもん勝ちだ。真相を追及する者などいない。


 ソフィーは、淑女らしからぬ行動については隠ぺいするという、姑息な手段を覚えたのだ。


 鼻歌を歌いながら準備した書類を手に持つと、軽やかな足取りで部屋を出た。




 ◆◇◆◇◆




 初めて訪れた医科学研究所は巨大な箱だった。


 研究所の場所は“王の剣”からさほど離れていないため、馬車で走らせればすぐに到着する。だが、中に入ってからが遠かった。広い廊下を歩くこと十五分。


 案内されたのは、こげ茶色の壁に四方を囲まれた部屋だ。

 室内に窓はあるのだが、木枠も同じ色の上に精巧な幾何学模様の木彫り細工がされており、その緻密さがまた重々しさを手伝って息苦しさを感じる。唯一、天井のクリーム色だけが、この重厚な部屋に明るさを与えてくれた。


 部屋には、すでにこの研究所の主であるロレンツオ・フォーセルと、その部下であり副所長を務めるネルト・バースがいた。


 初日の顔合わせの時の記憶は薄ぼんやりとしていたが、今一度ネルトの顔をよく見れば、確かに三番目の挨拶を交わした男性だったと思い出す。


 ツヤツヤとした柔和な顔立ちの彼は、一見するとロレンツオより年下に見えるが、ファースから事前に聞いていた情報では、年は三十代後半。ロレンツオよりもずっと年上だが、とてもそんな年にはみえなかった。


 二人はすぐに紳士的な挨拶でソフィーに礼を執った。ソフィーも礼を返すと、円形のテーブルへと席をすすめられる。


 今回集まってもらったメンバーは、医科学研究所のロレンツオ、ネルト、そしてソフィーが同席を頼んだ金星のラルスと、銀星のファース、そして銅星からマルクスだ。ルカはソフィーの護衛として、席には座らずに後ろで待機する。


 ソフィーは、ロレンツオとネルトに“王の剣”の生徒である三人を簡単に紹介した。


 紹介されたラルスとファースは、緊張のあまりか始終顔がこわばっていた。二人はソフィーから頼まれ同席したはいいが、銀星五つを賜っているロレンツオと、星四つのネルトの雰囲気に完全にのまれてしまったようで顔色もよくなかった。

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