拝啓 天馬 ストレス解消がしたいですⅦ
「なんで?」
つい、マルクスの口から疑問が零れる。
なぜ問われたのか分からないという顔でソフィーがキョトンとしている横では、息も絶え絶えのラルスが苦しそうに胸を押さえていた。黒星でも銅星でもない者なら、ラルスのようになるのが当然だ。
だが、目の前の少女はこれくらい当然という顔で、山岳演習を愉しんでいる。その姿に、まだ体力が十分に備わっていない若い銅星たちは、自分たちが令嬢以下の体力であることにショックを受けていた。
それが分かっていながらもフォローのしようがないマルクスは、またルカの横に移動し、もう一度問う。
「貴族のお嬢さんって、あんな体力あるもンなのか?」
「すみません、ボクもあまり詳しくなくて」
ルカも比べるにもソフィー以外の令嬢を知らないので、答えるにも答えられなかった。
「この山は慣れてない奴には、それなりにしんどいはずなんだけどなぁ…」
だからこそ演習に使うのだ。
「馬で疾走するわ、山も俺たちのスピードについてくるわ……そもそも、貴族のお嬢さんって馬に乗るのか?」
「王都ではあまり見かけられませんが…。でも、今は女性でも嗜み程度に乗られる方も多いそうですよ」
たまにロレンツオが嫌そうに行く社交界の話を思い出し口にするが、マルクスは納得しなかった。
「あれは嗜みの程度じゃなくねー?」
かなりのスピードで走ったはずなのに、ソフィーはしっかりとついてきていた。いや、ついてくるどころか。
「私に気遣う必要はないわ。もっと速くても大丈夫よ」
とまで言う始末。
いや、これが全速力だよとは言いづらかった。
ルカの後ろに乗っていたラルスなど、気絶しそうだったというのに。
「大体、馬に乗るときだってさ…」
マルクスは出発する前の、数時間前のことを思い出す。
いざ出発となり、ソフィーは当然のように馬を貸してほしいと所望した。
てっきりルカと同じ馬に乗るのだと思っていたマルクスは、驚いて聞き返した。
「え…お嬢さん、馬に乗るの?」
「あら、だって歩いていくには遠いのでしょう?」
「いや、そういう意味じゃなくてさ…」
「申し訳ないけれど、馬装も貸してもらえないかしら? 殿下に馬装の準備をお願いしていたのだけど、まだ手元に届いていないの」
「それでしたら、お預かりしておりますが…」
ルカが少々困惑気に言うと、ソフィーが目を輝かせた。その瞳からは、絶対に乗るという意思がありありと伝わってくる。
「……保管している場所からもってまいりますので、しばらくお待ちください」
すべてを諦めたルカが、マルクスにソフィーの護衛を頼むと、さすがともいえる速度で駆けだした。
マルクスはルカの後姿を眺めながら、いま乗れる、そのうえ紫星に相応しい馬を考える。しかし、紫星が乗るような馬が銅星にあるわけがなかった。
(黒星から借りるか? …いや、無理か)
銅星と違い、黒星は大抵自分たちの家から愛馬を連れてきている。いずれも黒星に相応しい名馬ばかりだ。
その名馬を、快く思っていない女性の紫星に貸すとは思えなかった。
(一番守るべき立場のくせに、本当黒星ってめんどくせーな)
黒星の、女性の紫星に対する雰囲気はどうみても険悪だ。
どの星に対しても基本刺々しい黒星だが、紫星に対する目はそれ以上だった。
銅星のマルクスにすら、すぐに気づかれるほどにありありと分かる。
そういった態度も貴族の子息故か、プライドの高い黒星たちの顔を思い出し、マルクスはため息をついた。
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