拝啓 天馬 ストレス解消がしたいですⅣ


「とても充実した時間だったわ、次はもっと具体的な数字で話ができそうね」

「はい、次回のためにも資料を集めておきます!」


 金星的な見解を持ち合わせていないルカは、二人の会話をどこか羨ましく見ていた。


(ボクの頭じゃ、お二人の話はまったく分からないや…)


 自分ではなく兄であったなら、きっとこんな疎外感は覚えないのだろう。無意識に唇を噛みしめていると、ソフィーが明るい声でスカートの裾を持ち上げた。


「ルカ、今日は一応動きやすい服装にしてみたのだけど、どうかしら?」


 茶色の生地に、細い黄色のストライプが入ったジャケット。クリーム色のスカートには、緻密な花柄刺繍が施されていた。全体的に細めのそれは、確かに昨日まで着ていたドレスに比べたら動きやすそうに見える。


「ズボンにブーツのほうがよかったかしら? でも、それでは淑女の最初の挨拶としては、あまり適していない恰好よね」


 ルカは慌てて「そのようなお気遣いは必要ありません」と伝えようとして、なぜ動きやすさを重視する必要があるのか不思議に思った。


「……ソフィー様、今日は見学をされるだけですよね?」

「まぁ、ルカ。せっかく銅星に行くのだから、参加できる実技には参加したいわ」


 こぼれるような笑顔に、ルカは冷や汗が出た。


 昨日の金星もこんな気持ちだったのかもしれないと思いながら、ルカは慌てて首をふった。


「銅星は武器を使用しての実戦演習が主で、後は体力強化の訓練ばかりです!」

「素敵ね、楽しみだわ!」

「そんな、…楽しむ要素などありませんから!」


 笑顔の色を濃くするソフィーとは反対に、ルカの顔色が青ざめていく。


「私はともかく、ラルスは本当に一緒に行くの?」


 昨日、自分も銅星に同行させてほしいと請われたときはソフィーも驚いた。


 一晩たって気持ちは変わっていないのか確かめると、ラルスが強く頷く。


「はい、先生からも許可はいただきました。ご一緒させてください!」


 そんな二人のやる気が、ルカにはとても不安だった。



 



 銅星の生徒数は約二百。“王の剣”の中では一番人数が多い。


 貴族は二割程度、八割が平民であり、唯一平民が入学できる星だ。


 年は十歳から十八歳までと、一番幅広く混在している。というのも、銅星には授業料というものがなく、住む場所も食事も無料で提供されるため、平民にとっては一番ありがたい場所なのだ。


 “王の剣”に入学し、優秀ならば王宮の騎士になれる可能性もあるうえに、それが無理ならば貴族の護衛として働くこともできる。


 日々の生活もままならない子供にとって、剣で身を立てられる可能性が多分にある“王の剣”は、どん底から這い上がる唯一の場所だった。


「どーも、お嬢さん」


 短く、けれど笑って挨拶してくれたのは栗色の髪と瞳を持つマルクスだ。


 マルクスは初日に挨拶に来てくれた一人で、銅星の生徒の中でいま一番強いと言われている男だった。


 年は十六で、銅星二つを賜っている。銅星の監督生でもあると、ルカが紹介してくれた。


 マルクスはまだ成長期の途中だというのに、筋の盛り上がった腕、たくましい太腿と見事に引き締まった体を持ち合わせていた。ここまで前世の祐と体格が違うと、羨む気にも嫉妬する気にもなれない。


 そんな彼に敬意を払って淑女らしい挨拶をするが、マルクスは逆に困った顔で頬をかく。


「悪いけど、俺そういうちゃんとした挨拶ってできねーンだけど。ヤバい? やっぱ、不敬罪?」

「いつも通りで構わないわ。その代わり、私も貴方のことを名で呼んでもいいかしら?」


 できるだけ相手に合わせてフランクな言葉づかいで伝えると、マルクスが安心したように胸をなでおろした。

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