拝啓 天馬 ストレス解消がしたいですⅢ
「そうなると、鍛えられるのは間食を用意できない者だけで、ほとんどが平民だわ」
ソフィーの意見に、アーロンがまた考え込む。
「まず、日常の食事に精神論が必要かしら? 食事は栄養と口福を前提にして考えていいはずだわ」
「確かにそうですね。その考えが定着したからこそ、オーランド王国は輸入にも力を入れ、多国籍の食材が市場に並ぶようになったわけですし」
大昔は、豪華な食事よりも質素な食事を取ることこそが貴族らしさ、紳士らしさだという風潮も存在していたが、現在は違う。晩餐会では、豪華で味の良い食事を提供することは、その家の威信にかかわる風潮へと変化していた。
「考えるべきは、今のままでいいという理由ではなく、今のままでいいのか、金星としてより良いものを求める必要性がないのかという探求心が必要ではないかしら」
「ですが、学院が運営し提供しているものに異論を述べるということは、王政への批判にならないでしょうか?」
一人の生徒が、ここが王立である点について手を上げ意見する。その質問に、ソフィーは強く頷いた。
「学院側からそう取られては不本意ね。でも、金星で最初に習う言葉を考えてみて」
金星に入学した者は、最初に特別授業を受けるのだが、その時に教えられる言葉がある。教科書の初めに載っているそれは、こう書かれている。
『過剰な好奇心は身を滅ぼすだろう。しかし、それを恐れずに成し遂げるならば星は輝く』
初めて聞いた時、ラルスは優秀な者だけが口にできる言葉だと皮肉に感じたのを思い出す。その言葉がいったいどうしたのだろう。
「いざとなれば、講義を盾に、逃げ道などいくらでも作れるということよ!」
不敵な笑みを浮かべる美少女に、金星たちの肝が冷える。
――――いや、それ絶対に違う。
そう言いたいが、紫星に異議を訴えられる強者は、ここにはいなかった。
「時と場合によっては、見ざる言わざる聞かざるも勿論大事だわ。でも、金星は一番この学院に資金を提供しているのよ。ならば、学育の一つとしてそれくらい目をつぶるべきでしょう。日々の食事をより良くしたい、美味しくしたいという改善の気持ちを批判だと受け取るような輩は…」
小さく『潰す』と聞こえたような気がするが、きっと空耳だろう。
まるで図ったように金星全員がそう思うことにした。そう、こんな可憐な見た目の少女がそんな恐ろしいことを口にするわけがないと。
だが可憐な見た目をもつ少女の言葉は、それだけでは止まらなかった。
「確かに私は紫星。金星のように莫大な星代も、寄付金も出していないわ。でも、私には弟がいるのよ。弟は確実に金星として“王の剣”に入学するわ。その時はかなりの資産を投じるつもりよ」
リニエール家は豪商だ。ラルスとは事業形態が違うが、豪商故に学院に納める金額はかなりのものだろうと誰もが予測した。
ぼんやりと、この少女の弟ならばかなりの美少年だろうなぁと、のほほんと皆が思っていると、
「可愛い弟に、あの料理は食べさせられないのよ!!」
超個人的な私情を感情的に言われた。
アーロンが「えぇ~…」となんと言っていいのか分からないとばかりの声を上げた横で、ラルスとソフィーの後ろに控えていたルカだけが納得していた。
ああ、あの食事で育った弟君なら、そりゃあ無理だろうと。
「というわけで、早速ディスカッションをはじめましょう!」
にこやかな笑顔を浮かべる少女に、その場にいた金星は引きつった返事をするしかなかった――――。
「昨日のディスカッションはなかなか白熱して楽しかったわ。最終的には自分たちで討論してくれたし」
ソフィーが満足げに頷く。
まずは家が外食産業を営んでいる者が主体となり、運営経費から算出されるべき内訳の比率はどうあるべきかを話し合った。実際食堂で提供されている食事内容から、材料費を算出し、人件費、光熱費についても金額を出していく。
途中、これは机上の空論の費用額ではないかという意見が出たことによって、それでは実際の市場におけるデータを集め、それを基にまた話し合うことで昨日は終わった。
素晴らしいディスカッションだったとソフィーは言い、ラルスもとても充足した時間だったと満足しているようだが、第三者的視点からみていたルカからすれば、ソフィーが話術で金星を丸め込み、巻き込んでいるように見えたのだが、それを口にするような勇気はルカにはなかった。
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