拝啓 天馬 友人が敵となりました


 天馬、驚かないで聞いてください。


 私の敬愛するクリスティーナお姉様の婚約者が、あの幼い時の初めての友人、リオだったのよ!


 リオ、いえフェリオはなんと、この国の第一王子だったのです!


 道理で自分のことを話さないわけだわ。


 もう、憎しみで思わず友人の首を絞めてやろうかと、何度思ったことでしょう。


 フェリオのことは嫌いではないのよ。でも、クリスティーナお姉様の婚約者としては、私は認めておりません。ええ、たとえ小姑と言われても絶対に認めません。


 ああ、入学当初リリナ様が、私を“妹”として認めないと言っていた気持ちがよく分かるわ! 認めたくないものを認めるのは無理の無理よ! 無理無理よ!


 だって、あの男は幼い時に、私のことが好きだったと言うのよ。


 私程度を好きになる男に、愛しのクリスティーナお姉様を渡せるものですか。いいえ、渡せるはずがないわ!


 大体、嫁にならないかが愛の告白だと思っている所が、フェリオはそもそもおかしいのよ。


 嫁にならないか、嫁にこい。これは社交辞令であって、愛の告白ではないわ。


 王族だから仕方ないのかもしれないけれど、一人の紳士として、愛の告白のなんたるかも知らないなんて、あまりに可哀想だから、帰り際ちゃんと教えてあげたわ。


 そしたら、フェリオったら苦い物を食べたみたいな顔をして、社交辞令なわけがないだろうと言うの。


 世界を知らないお坊ちゃんはこれだから嫌だわ。色々な国を回った私が言うのだから、間違いないのに。


 人種が違えど、嫁にこい的な発言は、女性を喜ばす社交辞令。多くの人が使う社交辞令なのよ。


 そう説明してあげたら、フェリオが変な顔をして「……お前、俺以外にも嫁になれと言われたことがあるのか?」と聞いてきたから頷いたら、ますます変な顔をされたの。


 人数を聞かれたから、答えたら「なんだその数…それだけ言われていて、なぜ分からない? 本当に、お前の中の乙女は死んでいるんだな」と言われたわ。おかしくない!?


 社交辞令に使う言葉を、愛の告白だと勘違いしているような男に、なぜ私が侮辱されるのか分からないわ!


 愛の告白というものは、まず跪き、女性の手を取り、まっすぐにその瞳を見ながら愛を乞う。


 女性がその愛に応えたら、白い指に唇を落とす。それが愛の告白でしょう!?


 リリナ様だって、そうだと言っていたわ!


 まぁ、リリナ様が仰っていたのは行間の話ですけど。


 そりゃあ、私だって、前世では愛の告白などしたことのない男でしたよ。でも、まかり間違っても好きな相手に、好きも愛しているもふっ飛ばして嫁うんぬんとか、上から目線で言ったりしないわ。


 大体、フェリオの大馬鹿は、私に下水道計画を行うために“王の剣”に行けと言うのよ。


 言わば、女子に、男子校に行けと言うようなものよ!


 なによそれ、“女王の薔薇”に数ある物語の中にも、そんな話無かったわ。前世なら、そういった漫画もあったかもしれないけれど、実際行くのとフィクションは違うわ。


 まったく、こんな可愛い私が、男ばかりに囲まれて、男みたいな言動を取るようになったら、どうしてくれるのかしら!


 ――――ですが、天馬。私は行くことにしました。


 正直、不安もあります。


 だって、男ばかりだということは、あれよ。胸が無いということよ…。なんて恐ろしいのかしら。


 男ばかりに囲まれる生活に嫌気がさし、ついリリナ様のたっぷりに想いを馳せ、自分の胸を触って「お腹の方が、まだ柔らかいかな?」とか呟いたら、もうそれは淑女としては失格よ!


 考えるだけで、暗澹とした気持ちになるわ。せっかく手に入れた夢の楽園だったのに…!


 でも、天馬。私の夢は楽園だけではないわ。


 そう、未来への夢もまた夢。


 夢を夢のまま終わらせて、前世のように一生を終えるのは嫌なの。


 それに、紫星を賜り、成就させれば、私は今まで交わした約束を果たすことができるわ。フェリオ、クリスティーナお姉様、リリナ様との約束を。勿論、それで終わりというわけではないけれど、約束の一端を果たせると思っているの。


 だから、私は負けずに前を歩こうと思います!




 ◆◇◆◇◆




 出発の日、部屋には四人のご令嬢が待っていた。


 クリスティーナ、セリーヌ、ラナ、リリナ。


 今の段階で、ソフィーが“王の剣”に行くことを知っているのはこの四人だけだ。


 リリナが涙を堪えるように、唇を噛みしめている。


 女学院で時を刻む彼女たちと、“王の剣”に身を置くこととなるソフィーとでは、もうこうやって会って話す機会はほぼ失われる。


 長い休暇に一度会えればよいだろうが、その時間が自分に持てるかは怪しいところだ。


「ソフィー、手紙を書くわ。わたくしたち、離れていてもお友達よね?」

「勿論ですわ」

「離れていても、わたくし、いつも貴女を想っているわ。どうかそれを忘れないで」


 こんな可愛らしいことを、涙目で言ってくれる友人と離れ離れにするなんて、心底フェリオが憎いと思う。だが、大成すればリリナと言い交わした約束を果たすことにもなる。


「私も、リリナ様を想っています…」


 愛おしい豊穣の女神に、どう想いを伝えようかと悩んでいると、それより先にリリナが言う。


「物語の写しは、わたくしに任せておいてね。『金色の騎士と黒曜石の少年』の新作が出たら、すぐに写して送るわ!」

「あ、ありがとうございます…」

 

 とても喜びます。主にサニーとハールス子爵夫人と母が。


「『咲くも花、つぼみも花』も忘れずに送るから安心してね」

「それはぜひお願いします!!」


 思わずリリナの手を強く握りしめ、懇願してしまう。

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