ソフィー・リニエールというご令嬢~フェリオ・レクスの邂逅と絶望Ⅳ~
「なぜ俺は、お前にソフィーの話なんてしてしまったんだ…!」
「殿下、あの時とてもお疲れでしたものね」
そう、疲れていた。第一王子としての責務に追われ、休みもロクに取れずに働いていた。婚約者との語らいすら取れないほどに。だが、未来の妻と会うことも、大事な責務の一つだった。何度も断っていた手前、その日気絶しそうな体に鞭打ってでも、会わなければと席に座った。
しかし、クリスティーナが持ってきた疲れに効くという茶を飲みながら談笑をしていたはずが、なぜか話の流れからソフィーのことを話してしまったのだ。
「……あの時、お前が持ってきた茶に、変なモノを入れてなかっただろうな?」
疑いの眼差しで見れば、クリスティーナが白々しく驚いた顔をした。
「まぁ、わたくしが淹れたのは疲れにきくお茶で、怪しいものではありませんわ」
「昔、俺に、たとえ妻になる女でも、用意されたものには気をつけろと小言を言う男がいたが、俺はソイツのいうことをもっと聞くべきだったと、いま後悔している」
「とても正しい判断かと存じます」
嫌味を言っても、まったく意に介さない。
このままではマズイ、このまま目の前の婚約者の思うままになれば、自分には死しか来ない。
「俺は絶対に嫌だからなッ。アイツだけは、絶対に嫌だからな!」
「まぁ、殿下。そのような幼子のようなことを」
「側室候補なら、他にいくらでもいるだろう!」
「殿下、あの子はきっと初の女性紫星として素晴らしい業績を上げます。いずれは、紫星としてではなく、ソフィー・リニエールとして、あの子自身の名が後世に残るでしょう。そういった者を側室にすることは、王族の寛大さと寛容さを国民に知らしめる意味を成し、王国の女性の地位を上げる手伝いになります。とても意味のあることです。それに、わたくしはソフィーがよいのです。あの子が殿下の側室になれば、わたくしはあの子とずっといられますから」
「最終的にお前の都合じゃないか!」
声を荒らげて指摘しても、クリスティーナは笑みを浮かべるだけで、まったくこたえていなかった。
「側室をそんな理由で決めるな! お前、自分で身勝手なことを言っている自覚があるのか?」
「わたくしもソフィーの人間性を知って、一度は諦めました。ですが、修道女になるなどと聞けば、話は別です」
オーランド王国において、貴族の女性が修道女になる理由は主に二つだ。
結婚相手の暴力や虐待から逃げるために修道女となる場合、そしてもう一つは、娘のために持参金を用意できず結婚ができない娘を、最終的に修道院に、結婚持参金よりは遥かに少ない金を持って入らせるかのどちらかなのだ。
この国では、修道院や教会に寄付をする行為は誉だが、娘をそこにやるのは誉ではない。
「あの子が、わたくしの“妹”が、会うことさえ叶わぬ相手を思って生きるなど、わたくしは推奨できません」
「あのバカ、修道女の話までお前にしたのか…」
話す相手を選べと言いたいところだが、ソフィーにとってはクリスティーナは伝えたい相手だったのだろう。
大層嫌がるフェリオに、逆にクリスティーナは首を傾げた。
「あの子は殿下の初恋の君ではないですか、いったいなんのご不満があられるのですか?」
フェリオからすれば、逆になぜ不満が無いと思うのか分からなかった。いや、分かっているはずだ。分かっているはずなのに、無視して事をすすめるつもりなのだ。
冗談じゃない。クリスティーナの婚約者は敵だと言った女に、自分の側室になれなど、たとえふざけてでも言えるわけがなかった。
フェリオの戦慄を感じ取ったのか、クリスティーナが優しく言う。
「大丈夫ですわ、殿下。殿下がソフィーを口説き落とす必要などございません。わたくしがちゃんと言って聞かせますから。お任せください」
「どこが大丈夫だ! お前、アイツのネコ被りに騙されているんじゃないか!? アイツはそんな可愛い女じゃないぞ!」
「ソフィーは、わたくしの前では可愛らしい“妹”ですわ」
お前の前だけだろう! と叫ぶのも疲れ、フェリオは自分の女運の悪さを心底痛感した。
こうなったら、“王の剣”で、それ相応の男とソフィーが結ばれてくれるのを期待したほうがいいかもしれないとまで思ってしまう。
しかし悲しいかな、あのめんどくさい風変わりな少女が男になびく姿など一切想像できず、フェリオは絶望感にテーブルに突っ伏した。
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