拝啓 天馬 私、前を向いて走り出します!Ⅱ


 それから数か月後、孤児院に届け物があった。


「これは?」


 習い事が無い日は日参しているソフィーの目の前に、大きな木箱が運ばれた。


 運んできたのは、父に頼んで最初に派遣してもらったリニエール商会の新人社員だ。新人故に、遠い保養地まで飛ばされ、我儘娘の小間使いになってしまった彼だが、意外に保養地での生活が快適らしく、日々楽しそうだ。


「今朝、こちらに向かっている時に、これをソフィー様にお渡ししてほしいと、お預かりしました」


 なぜ、自分の所ではなく、孤児院に向かっていた社員に預けたのだろう。


 それに、預けた人間は、彼がリニエール商会の社員だと知っていたことになる。


 不思議に思いながらも箱を覗き見ると、そこにはたくさんの種と、少し乾燥しやせ細ってはいるが、カブに似た作物が入っていた。


「これ…」


 すぐに一つを取り出し、観察する。泥などついておらず、キレイな状態で入っていたそれを、ソフィーは小さく切り、口に入れた。甘かった。


「テンサイだわ!」


 ソフィーが知っているテンサイよりやせ細っているが、それは確かにテンサイに近い食べ物だった。


「これ、送り主は!?」

「カードをお預かりしています」

「見せて!」


 真っ白なカードには、達筆な文字でこう書かれていた。




親愛なるマイレディへ 


 こちらがご所望の品に近いものかと存じます。ルーシャ王国で栽培されているもので、名は“アマネ”。葉を食用とする野菜だそうです。貴女の力になれることを、主共々祈っております。




 送り主の名は無かった。けれど、誰が送ったかなんてすぐに分かる。


 ソフィーは口元がうずうずする感覚を引き締めた。でも、やっぱり笑みはどうしても零れてしまう。


「これを下さった方は、よく笑う方じゃなかったかしら?」

「あ、はい! 身なりはとても上品な方でしたが、私のような者にも笑顔で接してくださいました」

「そう…」


 カードを大切に胸に当て、ソフィーは感謝の気持ちを込めた。


 横で、エリークが苗をとても興味深そうに見ている。


「エリーク、この“アマネ”をもっと品種改良しなければならないわ」

「品種改良?」

「もっと、大きく甘くさせるのよ。ルーシャ王国では、葉を食用としていると書かれているけど、これの本当の価値は根部にあるの」


 品種改良をし、良質な砂糖が取れるほどにさせなくてはならない。その後は、分離して、砂糖として完成させるのだ。一言で言えば、簡単だ。しかし、そこに行きつくには長い年月がかかるだろう。


 こんな時、涼香の言葉を思い出す。


『祐。お砂糖も、お醤油も、そのままの形で昔から存在しているわけじゃないの。人が長い年月をかけて、求め、試作してこの形があるのよ。私たちはその恩恵を受けているだけなの。だから、当たり前だと思っては駄目よ』


(うん、涼香姉さん。今頃になって、その言葉を重く感じています)


『このお砂糖だって、私たちが作るとなったら、とっても大変なんだから。サトウキビなら細かく切ったものを絞って、煮詰めて、水分を蒸発させるの。てんさい糖なら、カットしたものを温水に浸して糖分を溶け出させてから、煮詰めて不純物を濾過して取り除いて…』

『ケーキ作るのに、いちいちそんな講義いるか?』

『ちょっと、うるさいわね、天馬。アナタの誕生日ケーキでもあるんだから、手伝いなさいよ!』

『いや、なんで自分の誕生日ケーキを自分で作らないといけないんだよ』

『祐は手伝っているでしょう!』


 二人の姉弟は、いつも口論をしていた。


 物事は多方面から見るべきだという姉と、お前は理屈がうるさいという弟。とても仲の良い二人だからこそできる会話だった。


 それをいつも羨ましく見ていた……。


「ソフィー様?」


 エリークが黙ってしまったソフィーの顔を覗き込む。バートとサニーもなぜか心配そうな顔をしていた。


 自分は今、どんな表情をしていたのだろう?


(祐の気持ちを引きずってはいけない。私はソフィーなのだから…)


 ソフィーは気を引き締めた。


 時間はそう多くはない。いつか王都に帰らなければならないその時までに、なんとか形にしなければならないのだ。


(大丈夫よ、できるわ。私は一人じゃないもの)


 助けて、助けられて。


 そんな人たちがソフィーの周りにはいてくれるのだ。


 一点の陰りもない微笑を浮かべ、ソフィーは思い定める。



 ――――さぁ、ソフィー・リニエール。道は照らされているわ。貴女は、貴女の歩く道を、ただ真っ直ぐに進むのよ!

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