拝啓 天馬 私、八歳になりました


 天馬、今日は私の八歳の誕生日です。


 誕生日は嬉しいのだけど、最近は友人のリオとまったく会えなくて寂しいわ。リオも色々忙しいみたい。


 私はと言えば、念願の調味料開発が順調なのです。スゴイでしょう! バートたちのおかげよ! 


 バートは、お勉強は好きではないみたいだけど、体力と処世術にたけているみたいなの。だから、私の前世の営業トークを色々教えたら、サラサラと覚えて実践しているわ。今じゃ大人にも負けない話術をもっているのよ。


 エリークもスゴイ勢いで才能を開花させているわ。本を貸したら、恐るべき速さですべて読み切って、その知識の深さたるや私を凌駕しているわ。私と出会うまで、字を読むことも書くこともできなかったなんて誰が信じるかしら。


 サニーも侍女見習いの教育を受けていて、とても大変なのに商品開発の方も手伝ってくれているの。


 孤児院の皆も三人を見習ってか、優秀な子ばかりよ。

 

 皆、前世の私より大変な環境だったというのに、強く、誇り高いわ。


 ……天馬がいなかったら、自分一人では這い上がれなかったであろう前世の私は、弱かったのだと再認識して、なんだかとても恥ずかしいです。


 いけない、話が脱線したわ。そんなわけで、私も皆も頑張っています。お父様も、商会の人材を多く派遣してくれて、とても賑やかになりました。もっともっと大きなことができそうな気がするわ。


 そうそう、貴方に重大な発表があります。


 私、お姉様になりました! 

 弟が産まれたのよ! 弟よ! 


 前世は兄弟なんていなかったから、弟が産まれた時はとても感動したわ。小さな指で、私の指をギュッと握りしめるの。とっても可愛いのよ。 


 今ならアルの、弟が可愛いという発言に激しく同意するわ! 


 でも私は絶対に死んだ魚のような目で見られることのないお姉様になってみせるわ。大丈夫よ、自信があるわ。


 天馬……恥ずかしくて言えなかったけど、前世でのオレの兄弟は天馬だったよ。まぁ、天馬はイヤだろうけどさ。


 ――っと、さて祐時間は終わり。淑女時間よ!


 それでは天馬、また。







 この日記をつけだして、もうすぐ二年になろうとしていた。


 分厚いものを選んだが、書くことが多くてもう一冊書き終わってしまった。たまに料理のレシピなどでページを埋めてしまったことも原因だろう。


 今度から料理のレシピは、別のノートに書くことにしようと決めると、侍女がリオの来訪を告げた。


 すでに応接室に案内しているとのことだったので、すぐさま応接室へ急ぐ。


 扉を開けると、リオがゆったりと椅子に腰かけていた。


 護衛のアルは、今日は椅子に座っておらず、護衛らしくリオの後ろに控えていた。


「リオ、アル!」

「元気そうだな、ソフィー」

「御無沙汰しております、ソフィー様」


 久しぶりに会ったリオは、また少し大人になっていた。身長が驚くほど伸びたというわけではなく、顔つきが変わったのだ。


 未だにソフィーはリオがいくつなのか知らない。そう変わらない、少し年上くらいだろうと思っているが、実際はいくつなのだろう。


 優雅に椅子に座っているリオが、なぜだか知らない男の子に見えた。女の子の成長も早いというが、男の子の成長もこんなに早いのだと初めて知った。


 弟も、こんな風に成長するのだろうかと思うと、心が躍った。


「聞いて、私に弟ができたわ!」

「へー、おめでとう」

「アル、貴方の言っていた弟が可愛いという意味が、よく分かるようになったわ!」

「ご理解いただけましたか。アルは大変嬉しいです。まぁ、うちの弟は、もう抱っこさせてくれないんですけどね」


 涙ながらに訴えるアルに、リオが吐き捨てるように言う。


「あの年まで好きにさせてもらえただけ、弟にあり難く思えよ」


 アルの弟はいったいいくつなのだろうという疑問を口に出そうとしたが、それより先にリオが口を開いた。


「まあ、それもおめでたい話だが」


 一旦切り、ポケットの中から木箱を取り出し、ソフィーの目の前に差し出した。


「八歳の誕生日おめでとう、ソフィー」


 一年前の約束をしっかり覚えていたらしいリオに、逆に忘れていたソフィーは驚きに目を見開いた。


 手渡された木箱をゆっくりと開けると、中には銀細工でできた髪飾りが入っていた。薔薇の形に模られた銀細工は、真珠と、空色の宝石が散りばめられた美しいものだった。


「きれい…」


 思わず感嘆の声が漏れる。


「リオの瞳と同じ色ね。ありがとう、大事にするわ!」


 一目見て高額なものだと分かったが、返すのもそれを口にするのもマナー違反だ。その代わり、淑女らしく笑顔で感謝を伝えると、リオの頬が赤く染まった。


「お前、それワザと言っているのか?」

「はい?」


 言っている意味が分からず頭をひねる。横で、アルがクスクス笑っていた。


 この国では、想い人や婚約者に自分の髪や瞳の色と同じものを贈る習慣があることをソフィーは知らなかった。二人も結局話してくれなかったため、なぜリオがそんな困った顔をしたのか分からずじまいで、話は別の方向へ進んだ。


「ソフィーももう八歳だろう、貴族のお茶会には出ないのか?」

「出た方がいいことは分かっているのだけど、保養地にいる間はいいかと思っているの」


 いずれはソフィーも保養地から、王都に戻らなければならないだろう。


 母はもう十分健康状態はいいし、弟も産まれたのだ。いつまでも王都の本邸で寂しく仕事をしている父を、一人にしておくわけにもいかない。


「ソフィーは…婚約者はいないのか?」

「いないわ」


 なぜならその手の話になると『ソフィーはお父様と離れたくありません…』と、か弱く泣いて、話を誤魔化すからだ。この年で修道女の話はまだ両親にはできない。


「貴族なら、いてもおかしくはない年だろう?」

「そうね。でも、私には必要ないわ」

「そうか……。じゃあ、オレの嫁にならないか?」


 意を決したかのように告白するリオに、一瞬ソフィーは呆気にとられたが、すぐさま可愛らしい笑みを浮かべて答えた。


「丁重にお断りしますわ」

「即決かよ……、少しは考えてくれてもいいだろうが!」

「だって、考えても結論は変わらないもの。私の人生設計は、お父様の事業を手伝うの。そして、ゆくゆくは弟が後を継ぐでしょう。そしたら、晴れて修道女になる予定なのよ」


 両親にはさすがにまだ言えないが、リオは大事な友人だからいいだろうとサラリと口にした。

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