ブリキの柩のなかの舌

武江成緒

第1話 ブリキのカカシ


 子供のころ、学校へゆく道すじにある商店街の入りぐちに、ロボットが立っていました。




 しかとは覚えていませんが、その当時、私の住んでいた町は空気が良くなく、県の吉兇きっきょう課の警告が、学校を通じ喚起されることもたびたびありました。

 川ぞいの古い家や、町はずれの墓場などには、魑魅魍魎のたぐいがでると、そんなうわさが学級でもさかんに言われておりました。


 ロボットは、悪事が為されぬための見張り、町なかで傷病人が急にでたときの救護なども担わされておりましたが、いちばんの役目とは、昼夜わかたず休みなく、破魔の音色をはなつ楽器を演奏し、町から邪気を追いはらい、魑魅魍魎がくことを未然にふせぐことなのでした。




 町にはおよそ五体ほどのロボットが配置されていたということですが、この話にでるロボットは、私の記憶にあった他のロボットにくらべると、いささか見すぼらしい格好でおりました。


 背のたけは、普通の大人のひとよりもやや高くありましたが、胴も手足もずいぶん細く、頼りなさげに見えました。

 その体をおおうのは鎧のような、銀色をしたからですが、そのかがやきは鈍く、曇って、学校の掃除でつかうブリキのバケツのようでした。

 その外見と、外国の童話から取ってきた名でしょうか。学校のゆき帰りにその場所をとおる他の子らは、ロボットのことを『ブリキのカカシ』と呼んでおりました。


 そんな名で、子供からも軽んじられていたわけは、その外見のみならず、楽器をかなでるその姿もあったでしょう。

 ロボットが鳴らすのは、ほんの小さなかねでした。

 鉦というより、金属でできたカスタネットと呼んだほうが合っていたかも知れません。


 骨とブリキの皮でできたような姿で、ちぃん、ちぃん、と小さな楽器を鳴らしつづけるその姿は、大人からは無視されて、子供からは小莫迦ばかにされておりました。




 そのロボットが道ゆく人から軽んじられていたわけは、町の中でも二番どころのつまらない商店街のはじっこに、場違いのように立たされていたこともあるでしょう。


 それに加えて、ちょうどロボットと並ぶように、商店街の入り口には交番が建っていました。

 お巡りさんはお髭をたっぷりたくわえた、いかめしげな顔のお方で、力を抜かれる様子もなく、町のお社の狛犬のようにあたりをにらんでおられました。

 その近くに立ちながら、ちぃん、ちぃん、と鉦を鳴らすロボットは、所在なげにお茶を濁してでもいるようで、これでは軽んじられるのも仕方がないと、そう感じざるを得ないような有様でした。


 とはいえ、ほんの近くに交番があるからこそ、ゆき帰りの子供たちも、ロボットにあからさまな悪戯を仕掛けるわけにもいきません。

 通りすがりに小突いたり、お菓子の包み紙をまるめてぶつけるくらいでした。

 お菓子の包み紙などを持っていた子が多いのは、商店街に、駄菓子屋さんがあったからです。


 大きくもない商店街のなかでさえひときわ小さなお店でした。

 戸口はひくくて幅もせまく、それに応じて中はうす暗く、お日さまの出ていない日には、古い洋燈ランプがともされているのでした。

 そんな風な、ぼんやりとした夕暮れのような光に照らされるときでも、店のなかは色とりどりにかがやいているのでした。


 小さなお店だというのに、お菓子の種類はとても多かったのでした。

 お煎餅せんべいにチョコレート。チューインガムにキャラメルに、砂糖細工にお菓子パン。や酢昆布、干し柿といった乾物かんぶつや、いろんなお餅と餡子をつかった生菓子までもありました。

 とくにキャンディの種類はたくさんで、眺めるだけでもあきれるほどの数の色がありました。


 オレンジキャンディ。金柑きんかんキャンディ。赤い色した山査子さんざしキャンディ。梅干キャンディなどといった珍しいものもありました。

 シークワーサーキャンディなどというものは、果物としてもなじみがなく、どんな味がするものやら想像もつきませんでした。

 トウモロコシキャンディに、玄米げんまいキャンディといったような、どうやってキャンディにしたかわからないものもあり、ワッフルキャンディなどという、本当にキャンディと呼んでいいものか迷うものさえありました。

 そうした多数のキャンディを入れた箱のうえには、袋につめた綿飴わたあめも売られていました。


 学校の子供たちは、そんなキャンディをお小遣こづかいで買いこんでは、食べた種類の数を自慢しあったり、あれは当たりだ、これははずれだ、と遊びに使ったりしていたものでした。

 私はいつもお店のまえを通りながら、ただうらやましく思いながら眺めることがほとんどでした。

 豊かというにはほど遠かったうちでもらえるお小遣いでは、せいぜい月に一度しか、キャンディを買うことはできませんでした。




 その日は一カ月ぶりにお小遣いをもらえた日でした。

 学校が終わるとすぐに私は、布鞄に入れたお財布をたしかめて、商店街へ走りました。

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