第22話

 ロクちゃんには伝えなかった。だって、ケーキとチキンには一切手をつけずに、俺が戻ってくるのを律儀に待っているような子に、言えるわけがないじゃん。先に社会に出ているオルタネーターたちを『先輩』と呼んで、尊敬しているってのにさ。その『先輩』のうちの一体が、人間にとって不利益な行動をとった事実を、包み隠さず話せるような人間じゃあないよ、俺はね。食事時に適した話題でもないし。サメ映画もクリスマスケーキやチキンを食べながら観るものではないか。


 知らなければ、起こっていないのと同じだろ。俺は悪くない。嘘もついていない。もし、悪意ある誰かがロクちゃんに「オルタネーターが暴走した」話をして、ロクちゃんが俺に確認してくるようなことがあれば、その時に考えればいいかなって思う。


「あのさ」

「何?」


 タイムマシンの活用方法として、思いついたものがあった。ひいちゃんが巻き込まれた事故、二〇一八年の三月九日のひいちゃんと、代替品のロクちゃんを入れ替える作戦だ。ひいちゃんとロクちゃんはそっくりさんだから、父親も気付かないで車に乗せるだろ。まだオルタネーターは普及していなかったし。オルタネーターが普及している今だったらバレる。あの当時なら、まだいける。


「やめにしない?」


 思いついてから、さっそく実行に移すべく、フランソワさんにはタイムマシンの使用許可をもらう。俺が頼むと、フランソワさんは「少々お待ちください」と言ってスマホを片手に部屋を出ていき、戻ってきたら「いいでしょう」と答えてくれた。クリスマスに貸してくれる。案外あっさり使わせてもらえることになって、なんだか拍子抜けしてしまったよ。弐瓶教授があんなにも切望しているものだからさ。俺にはいいんだ、って思ったよ。


「なんだよ大天才。怖じ気付いたの?」

「ちげーよ。……違うからな」

「ロクちゃんは優秀なオルタネーターだし、俺は成功するって信じてるんだけど」


 クリスマス、十二月二十五日。フランソワさんと俺が見守るなか、ロクちゃんは単身タイムマシンに乗り込んだ。俺はついていかないよ。高校の卒業式に出席している俺と、ひいちゃんを取り替える俺が同時に存在したらややこしいことになる、とフランソワさんから言われていたからさ。俺はロクちゃんがひいちゃんと入れ替わって、ひいちゃんがこの時代にやってくることを、指折り数えて待っていればいい。ロクちゃんならやってくれる。


「さよなら、


 扉を閉める前にロクちゃんはそう言い残して、――それから行方不明になった。


 フランソワさん曰く、過去に遡行している段階でエラーが発生したらしい。フランソワさんは怒っちゃいなかったけれど目は笑っていなかった。物貸しておいて相手になくされたらそりゃな。使わせてもらった身なので、俺は悪くなくとも形式上謝っておいた。タイムマシンの不具合かもしれないし。ロクちゃんが変なボタンを押したのかもしれないじゃん。


 俺が乗っていなくてよかった。ロクちゃんのように『ひいちゃんとそっくりのオルタネーター』は探せばいるだろうけれども、人間の俺の代わりはいないし。


 そして、ロクちゃんのいない正月が明けて、新しい年がやってきた。元旦に弐瓶教授から『フランソワさんがタイムマシンを使わせてくれることになったのん! 校庭で待ってるよーん』と、あけましておめでとうの代わりのメッセージが届く。……なんでまた、このタイミングで。というか、フランソワさんのタイムマシンは見つかったのか。それか、もう一台持っているのかな?


「あけおめ、教授」


 せめて挨拶だけでも季節感を出していこうと思った。弐瓶教授とフランソワさんはああそういや新年になっていたね、とでも言い出しそうな顔をしている。二人の背後に、例の銀色の円盤――フランソワさんのタイムマシンが鎮座していた。クリスマスの日と同じ。


「なーんか暗くない?」


 俺がオルタネーターをロクちゃんと呼び、あちこち連れ回したり自室に連れ込んだりしていることはXanadu内では有名だったし。オルタネーターに人間の洋服を買い与えるのも、よく思っていない人がいるのも知っていた。五代さんは「お人形遊びの延長みたいなもんやろ」と、肯定なのかディスりなのか、どちらとも取れるような発言をしていた。俺はロクちゃんを、ひいちゃんの代わりだと思っていたから、まあ、あながち間違いでもない。否定はしないよ。


 人間だけではない。同じオルタネーターたち、特にロクちゃんと同い年ぐらいの見た目なオルタネーターは快く思わないらしい。俺に見えないようにロクちゃんをいじめていた。知っているんだけどな。見えてないと思っていても。


 特別扱いしているって、そりゃあ、ロクちゃんは大天才なのだから、特別扱いするだろ。ロクちゃんからは何も言ってこないし、気にしているようでもなかった。でも、俺はロクちゃんが傷つけられるのは嫌なので、加害者側のオルタネーターを定期的に処分してもらっていた。過去形だ。ロクちゃんはもういないし。

 俺に懐いていたから、帰ってきてほしくないと言ったら嘘になる。とはいえ、ロクちゃんは俺の頼みを聞いてくれなかったことになってしまうから、そこは考えてしまう。ひいちゃんを連れてきてほしかったのだし。大天才がミスするとは思っていなかった。


「いつも通りだよ」

「あっ、そう。心配してやってるのに」


 そんなに落ち込んでいるように見えるのか。気をつけよう。


「あんなバケモノに変化するを、手放せてよかったのでは?」


 フランソワさんが口を開いた。例の動画の件だろうな。フランソワさんが言ってくるってことは、知っているもしくは見ているってことで。拡散されているのかな?


「ほんとほんと。密室に一人と一体でクリパしてたんだよねん? その時にガオーって襲われてたらどうするのん?」


 五代さんは俺に動画を見せた時に『情報工学部の学生』と言っていた。俺が弐瓶教授には聞かないのか、と訊ねた時には渋い顔をされていたけれども、教授も同じ動画を見ているっぽいな。この反応を見た感じ、フェイクじゃあなくて本当に起こった怖い話なのか。あるいは、神佑大学の情報工学部の教授であろうとも一目見ただけではフェイクと見破れないぐらい高度な作りをしていたの? どっちなんだろ。フェイクであってほしいけれども。


「ロクちゃんは、俺と一緒なら、暴走しなかったと思う」

「その心は?」

「……大天才だから?」

「根拠なしなのん?」

「というか、暴走する原因がわかっていないんじゃあ対処できないじゃん。判明してるの?」


 システムの欠陥が発見されたのなら、その穴を塞げば解決する。オルタネーターしかかからない病気になったのなら、ワクチンを開発するなり薬を処方するなりすればなんとかなる。まあ、それらができるまでの期間をどう乗り切っていくかは課題として残るが。


「ユニちゃんには関係ないじゃーん?」


 あれ。思っていた反応と違う。


「私はさーあ、君と違ってXanaduの所属ではないのん。あくまで神佑大学の情報工学部の教授ちゃんで、Xanaduの認証キーシステムを開発しただけっていう繋がりなわけ。だから、オルタネーター計画がどん詰まりでもドンマイってかーんじ?」

「それでも、責任者な五代さんはいとこじゃん」

「英伍くんファイト!」


 応援しかしないってことね。


 弐瓶教授が薄情なのは今に始まったことではない。教授にはミッション『タイムマシンを使用して京壱くんの飛び降りを阻止する』があるわけだし。そちらを最優先するのは、間違ってはいない。


「フランソワさんは、政府から出向してオルタネーター計画に携わっているんですよね?」


 弐瓶教授は無関係を装えるけれども、フランソワさんは違う。オルタネーター計画に携わっているどころか、オルタネーターを現在の姿にまで成長させたのはフランソワさんの功績だよな。


「ええ、そうです」

「今回の件、どうするんですか?」


 社会基盤をオルタネーターが支えている現状、完全にオルタネーターなしの状態に戻すのには時間がかかる。オルタネーターを全て処分するのでは解決できない。オルタネーターを導入してから辞めさせた人間に「やっぱり働いてください!」って頼むのは都合が良すぎるじゃん。早急にXanaduとしては暴走の原因の究明して対策を練らなければいけないから、弐瓶教授の個人的な問題に時間を割いている場合ではないだろ。


「どうするもこうするも、


 ……?


「オルタネーター計画は、アンゴルモアが人類を滅亡させるためのもの」


 あの宇宙人は死んだじゃん。オルタネーター計画は、死んでから始まったものだし。ユニもわかっていないような顔をしている。


「ワタクシはアンゴルモアの補佐として、侵略が円滑に進むように活動していました。それも今日でオシマイです」


 フランソワさんが右手を天に向かって伸ばした。俺と弐瓶教授とがその先を見る。すると、。二本の足で着地して、遅れて紫色の長い髪がふわりと、地面に向かって垂れ下がる。いつぞやのデートで着ていた、ワンピース姿。


 その女性の名前を、俺も教授も知っている。


「久しぶり、マヒロさん」


 まあ、そうだよな。宇宙人なら、首を吊ったぐらいで死ぬわけないよ。空も飛べたんだ。知らなかったな。俺は知らないことばかりだ。

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