第21話


 晴天のクリスマスイヴ。年中暑かろうが、クリスマスは今年もやってくる。街中でクリスマスの装飾がなされていて、あちこちで年末大特価祭。こんな年だろうとお祭り騒ぎ。こんな年だからこそ、かもしれない。


 駅に向かう途中で、俺のXanaduでの生活一日目が始まる前に弐瓶教授と入店したコンビニに立ち寄った。例の、俺の中一の頃の二個上の先輩に似ているバイトの子が、サンタ帽を被せられて、店頭でホールケーキを売っている。まだ辞めていなかったんだな。


「あの時の!」


 俺の姿を見るなり、チラシを片手に「ケーキどうですか?」と近付いてきた。あの時の、って聞こえたから、どうやら顔を覚えられている。


「これから映画観に行くんで、帰りに買って帰るよ」

「あっ、デート?」


 ロクちゃんと俺とを交互に見て、頭の上に疑問符を浮かばせる。随分と身長差のあるカップルだなあ、なんて思っていそうな表情だ。いつもならロクちゃんが「ちげーよ」と言ってくれそうなのだけど、ここがXanaduの外だからか普段よりも控えめに「違うし……」と呟いただけだった。この子は人見知りで内弁慶なところがある。


「まだシフトに入ってると思うんで、お待ちしてまーす。いってらっしゃい」


 社交辞令のつもりだったのにな。本気に取られてしまったらしい。まあ、ケーキならロクちゃんが食べるから買ってもいいか。帰るぐらいの時間なら安売りになっているかもしれないじゃん。


「残ってるといいな」

「オーナーが『今年は絶対行ける!』って言っていっぱい発注しちゃったから、裏にもまだまだあります!」

「ああ、そうなんだ」


 俺の父親がコンビニの雇われ店長だった関係上、クリスマスのケーキはその年によって増えたり減ったりした。一番多い年で七個。二人家族の冬休み中だったし、廃棄を減らすためだけに買ってきたから買ってきた本人父親は食べる気ゼロだったもんで、俺が三食ケーキ生活をさせられた。自分で買おうとしないで売り切る努力をしてくれよ。ケーキだけではなくて、チキンが山盛りの年もあったっけ。


「来てくださいね!」


 というか、コンビニのバイトなんてオルタネーターに取って代わられていそうなのに、まだ人間も働いているものなんだな。やむを得ない事情で失職した人向けに、政府から給付金が支給されているから、辞めても生活には支障ないだろうに。高校生っぽいし。実はバイトではなくてオーナーのお子さんなのかな。……個人の事情にはそこまで踏み込まないほうがいいか。ただ、初恋の――と言っても向こうが一目惚れしてこちらが告られた側だけれども――先輩に似ているから、気になっているってだけだしさ。弐瓶教授みたいに根掘り葉掘り調べるような相手ではない。


「……何なの、今の」


 またね、と言ってコンビニから離れてから、ロクちゃんが拗ね始めた。ひいちゃんは、俺が他の人と話していると「おにいちゃんはすごいんです!」とばかりに胸を張っていたけれど、ロクちゃんはなんだか、カリカリしている。ひいちゃんの代わりのロクちゃんから、俺は離れない。俺がそう思っていても、ロクちゃんは、いつか俺を誰かに盗られるのではないかと警戒しているように見える。うまくいかないな。


「セールストークだよ」

「へぇー……」


 明らかにテンションの低いロクちゃんを連れた俺は、小さな映画館に到着した。ロクちゃんは別の映画を観たがっているが、なんとかお目当ての『シャーク・ネゴシエーション2』に誘導する。劇場公開、思っていたよりも早かったな。一年間で頑張って撮影したのだろう。このご時世に映画を撮影している場合か、とも思ったけれど、このご時世だからこそ、エンタテインメントを存続させようという情熱を持った方々が張り切ってしまうのかもしれない。

 オルタネーターも撮影班にいるのかな。それか1を撮っているときにもう撮っていたのかな。……大きな映画館では上映していないって辺りでなんとなく嫌な予感はする。していないのではなくてできないのかもしれない。


「あたし、1のほう観てねぇぞ。2って言ってんのに」

「あとで観よう。ケーキを食べながらさ」


 マヒロさんと観た映画の続編を、真尋さんの娘であるひいちゃんの代替品と観る。なんだか不思議な話だ。ロクちゃんとだからこそ観ないといけない気がした。


 内容は、1の最後に爆弾を喰わされて爆殺したサメの首領ドンであるアルファの肉を摂取して暴走するサメ軍団と、サメ軍団の猛攻を食い止めるべく再び立ち上がった1の主人公との戦いが中心。アルファは突然変異で人語が理解できるようになったサメだが、そのアルファを主人公の味方の科学者が解析して、ベータという人語を理解するサメを誕生させていた。主人公の絶体絶命の危機に、ベータが投入され、サメ軍団を海に帰すことに成功する。――という物語だった。正直1は、タイトルに『ネゴシエーション』とあるのに『交渉の余地なし、サメは速やかに殺すべし』という結論に至っていたから、タイトル的にどうなの? と思わなくもなかった。今回の2はベータによって穏便に解決したのでよかった。


「オルタネーターを社会から追放しろ!」

「人類に職業選択の自由を取り戻せ!」


 劇場とは名ばかりの小さな箱を出たら、血気盛んな連中がメガホンを片手に練り歩いていた。年齢も性別もまちまちだけれど、みんな〝反オルタネーター派〟の目印となる黄色いバンダナを左腕に巻き付けている。クリスマスぐらいは家で過ごせよ。お前らには家族がいるだろ。


 なるべく関わり合いになりたくないので、裏道を通って帰ることにしよう。


 彼らはオルタネーターを「代替品は人類から〝勤労の義務〟を剥奪し、伝統を破壊する侵略者である」として迫害するような、非常に身勝手な奴らだ。今や、オルタネーターがいなくなったら、世の中は立ち行かなくなる。なんでそこまで考えられないかな。自分がひどい目にあったからって、攻撃していい理由にはならないのに、オルタネーターから何をされたのだか『オルタネーター=悪』のレッテルを貼り付けている。悪いわけがない。


 先週もXanaduに「代替品は違憲である」と突入しようとした。ふざけている。四足歩行のロボットたちが総出で追い返していた。ざまあみろ。


「Xanaduの外に、出かけないほうがいいのかもな」


 ロクちゃんまでとんでもないことを言い出した。オルタネーターなのだとしても、ロクちゃんには、人間らしくあってほしい。こんな自己中心的な馬鹿どもの主張に惑わされなくていい。大天才だし。俺にとって、特別な一人だから。他のオルタネーターとは違う。ひいちゃんが、義理の妹として、唯一無二の存在であったように。


「あーあ! せっかく外出届を出したし、もっといろんなところを見てまわりたかったけどなー! そんなに『シャーク・ネゴシエーション』の1が観たいかぁ! じゃー仕方ねえなー!」


 臆病風に吹かれているままでは楽しめないだろ。俺は『シャーク・ネゴシエーション』のせいにして、ロクちゃんとXanaduに帰る。もちろんケーキも買った。ついでにチキンも。


 正面ゲートのおじさんが何か言いたげな顔はしていたけれど、俺はトイレに行きたいので、立ち話はしない。どいつもこいつも、人間とオルタネーターが仲良しごっこをしているのはおかしいと思っているらしい。ロクちゃんにはケーキとチキンを持たせて「先に戻ってて」と背中を押した。映画のあとはまた服でも買ってあげようとしていたのに、最悪の気分だ。


「……なんだこれ」


 男子トイレに入ったらオルタネーターが繋ぎ止められていた。……オルタネーターだよな? 人間だったらどうしよう。警察を呼ばないと。両手首に手錠があり、右と左とでそれぞれ壁に固定されている。こんなの、五代さんが許可するとは到底思えない。座った状態で、衣服は身につけていない。目隠しをされて、口には雑巾のようなものを巻き付けられて塞がれていた。時折、うーうーと唸っている。


 俺が戸惑っていると、後ろで「げっ」と声がした。振り返る。誰だっけか、こいつ。名札を首から提げる決まりがあった気がするけれど、こいつは守っていないからノーヒントだ。元々俺は人の名前を覚えるのが苦手なもんで。俺がいるのを見て「げっ」とか言ってくるようなやつの名前は特にさ。


「使わないならどいてくんない?」


 壁際のオルタネーターが身をよじって、逃れようとした。

 俺に何ができるわけでもないし、こいつの口ぶりと態度からして俺の先輩な可能性があるので「どうぞ」と一歩退く。先輩ではなかったとしても俺よりは年上だし。


 オルタネーターの初期型には、生殖機能がついていたらしい。優秀なオルタネーター同士の交配でより優秀なオルタネーターを作成しよう、という長期的な目標があったからだ。だが、この目論見は外れることとなる。ある一人の人間と女性のオルタネーターが愛し合ってしまって、人間とオルタネーターとのハーフが誕生しそうになったからだ。


 人間と、道具たるオルタネーターとの混血を、認めるわけにはいかない。もし許してしまえば、その子に人間の法律を適用するのか、あるいはオルタネーターとして取り扱うのかで論争が勃発してしまう。結果として男とそのオルタネーターは処分され、更には既に生産済みであった初期型のオルタネーターは全廃棄となった。大損害だが、早めに手を打ててよかったと見る向きもある。


 以降、生殖機能は削除されて、部品だけは付けるようになった。男性のオルタネーターは男性器を模したものがついていて筋肉量が女性に比べて多く、女性のオルタネーターには女性器を模したものと穴はあって胸が膨らむ。


 と、ここまでのオルタネーター史を思い起こし、このオルタネーターは性処理係として何者かが設置したものだと結論づける。悪趣味。五代さんにバレねぇのかな。俺が報告しておこうか。


「参宮サン?」


 暗に出てけって言われているっぽい。俺は「どうぞごゆっくり」と言っておく。出てから当初の目的を思い出して、別の場所に駆け込むことになった。俺は悪くない。とんだ災難だよ。


 やれやれ、と肩を落として自室に戻ろうとすると、スマホからメッセージの着信音がした。五代さんからだ。すごいな。俺が五代さんに伝えたいことがあるの、気付かれている?


『拓三ぃ。今、ちょっと来てもらってもええか?』


 ロクちゃんを待たせてはいるけれど、五代さんから呼び出されたって伝えたらまあ納得してくれるだろ。ロクちゃんは「なんだかうさんくさいから」って理由で五代さんが苦手らしい。人を見た目で判断するのはよくないよ。


「失礼します」

「なんや、早いな」

「ちょうどそこにいたんで」


 嘘をついた。そこにはいない。北校舎から南校舎にわざわざ移動している。けれども、まあ、俺も五代さんに用事あるし。


「見せたい動画があってな。情報工学部の学生さん的に、ホンモノかニセモノか見分けて欲しいんよ」


 なんだろ。


「弐瓶教授には聞かないんですか?」

「ユニ坊なあ、最近付き合い悪くて、返事くれないんよ。あっちもあっちで、タイムマシンの研究があるやろしな」


 スクリーンが降りてきて、五代さんは手元のリモコンで再生ボタンを押した。どこかの工場の様子だ。コンビニやスーパーで売られているような弁当が番重に所狭しと並べられている。ここからトラックに乗せて、各地に配送されるのだろう。


 ベルトコンベアで右から左へと細かい部品のようにお弁当の具材が運ばれていって、人間――じゃあなくて、オルタネーターたちは一個ずつ目視で、おかしなところがないかを確認しながら自らの手前にある弁当箱に詰めている。ゴミとか髪の毛とか小さい羽虫でも入っていたら大問題だからさ。この段階で悪評につながる危険ははじいておかなければならない。


 こういう工場の作業員として働くオルタネーターには、青色のツナギが渡される。オルタネーター専用の服を好んで着るような人間もいない。


 ふと、画面の真ん中辺りにいるオルタネーターの動きが止まる。映像は、動きが止まったオルタネーターにズームしていった。


 青色のツナギの背中には製造番号が縫い付けられていて、故障した場合はXanaduに搬送される決まりとなっていた。まあ、搬送されてきても直すわけじゃあない。オルタネーターは廃棄処分されて、新しいオルタネーターが派遣される。


 オルタネーターの表皮がぶくぶくと泡立ち、穴から溢れた赤い体液がツナギごとオルタネーターを包み込んだ。周囲のオルタネーターも只事ただごとじゃあないぞと作業の手を止める。大勢のオルタネーターのうちのどれかが警報機のボタンを押したようで、赤いランプが点灯した。


 やがてオルタネーターはウサギのような姿に変化して、暴れ始める。


 ウサギはベルトコンベアの上の部品を飛び散らせ、目についた機械をその足で蹴り飛ばし、同僚たちを襲っていく。動画のラストは、監視カメラにヘルメットのようなものが投げつけられ――おそらくは監視カメラそのものが破損して――暗転して終わった。


「反オルタネーター派が作ったフェイク動画、だとええんやけどな?」


 俺は知らないぞ。こんなの。何も聞いていない。モンスターに変化したオルタネーターは、最も普及している成人男性型のオルタネーター。世界各地にいる。


 オルタネーターは人間に反抗しない。そのはずだ。人間が意図していない挙動はしない。仕事を放棄して、モンスターの姿になって、職場で暴走するなんて、絶対にありえないだろ。そんな危ないやつだって知れ渡ったら、いろいろな企業がオルタネーターの登用を中止する。危険なものは排除したい。誰だってそうだ。いつ爆発するかわからない爆弾を抱えたままで走りたくない。


「困ったもんやなあ……」

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