第18話 見つけてくれて ありがとう

「え……さっきの、元彼だったの?」


 デパートを後にしたギーと千夜は、駅に向かってゆっくりと歩いていた。

先程まで人でごった返す屋内にいたので、二月の冷たい空気が心地良かった。

 すっきりした表情の千夜とは対照的に、ギーの方は難しそうな顔を浮かべている。眉間にくっきりと皺が寄っていた。


「二ヶ月しか続かなかったけどね」

「二ヶ月も付き合ってたんだ? いつの話?」

「半年前だよ」

「俺たちが会った頃だ」


 そう、千夜がGIIギーを見つけたのは、彰午と別れた翌日のことだった。素晴らしい出会いを果たした喜びと衝撃の大きさのおかげで、失恋した悲しみなど、もうすっかり忘れていたのだ。

 

 そんなふうに語る千夜の話に耳を傾けていたギーは、足を止めた。


「元彼に未練はない?」


 千夜の話しぶりから察するに、この問いにさして大きな意味はないだろう。しかし、ギーははっきりと彼女の言葉で聞かないと不安だった。


「あるように見える?」

「……そうだよね」


 肩を下げ、ほっと息を吐き出す。千夜に具体的な恋愛経験があった事実を知ってしまって、穏やかならぬ胸の内は治まらなかったが、眉間の皺が取れる程度には落ち着いてきた。


「さっきはありがとう、銀くん」


 ギーと向き合う形になって、千夜は頭を下げた。


「見つけてくれた。助かったの」

「助かった? 何があったの?」


 彰午に罵られていた場面を、ギーは見ていない。突然現れたギーが千夜の手を取ったことに仰天した様子で、彰午はそそくさとあの場から立ち去ったのだ。


 千夜はギーが来るまでの間に起こったことを説明しようとして、結局やめた。


――薄情だって言われたこと、知られたくない


 その代わりに、千夜はこう言ったのだった。


「見つけてくれて、ありがとう。銀くんと一緒にいられて、とても楽しかったよ」


 心配そうなギーの問いに答えることにはならなかったが、この言葉も千夜の本心である。彰午との最悪な再会劇の後でも、千夜はその後の時間を楽しみ、会話を弾ませながらランチを食べたのだ。不快な気分を引きずらずに気持ちが前向きでいられたのは、彼が一緒だったからに他ならない。


「千夜ちゃん」


 名前を呼んだその声は、深く、優しく、少しだけ不安げに揺れていた。


「話したいことがあるんだ」


 真剣な眼差しが、真っ直ぐに千夜に注がれている。逸したらいけないと直感で分かった。千夜は無言でギーの視線を受け入れながら、彼の次の言葉を待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る