第13話 作り話

 二人の最寄り駅は同じだ。

待ち合わせ時刻より少し早めに着くように、千夜は家を出たはずだった。しかし改札前に既にギーの姿があって、ほぼ同時に二人はお互いに気づいたようだった。


「おはよう」

「銀くん、早いね」

「とても楽しみだったから」


 はにかむ様子なく口にした言葉に、千夜は及び腰になる。あはは、と曖昧な笑みを返すことしかできない。


――なんだか、随分……


 目にした彼の姿と声に、かすかに違和感を覚えて、千夜は考え込んだ。


「どうしたの?」


 突如黙ってしまった千夜を、ギーは覗き込む。顔と顔が近づいて、千夜は数歩後退した。


「あっ。ええと……。いつもお店の中でしか銀くんと会わないから、不思議だなと思って」

「そうだね。確かに不思議だ。俺もいつも制服姿の千夜ちゃんばかり見ていたから、そういうお出かけ姿を見るの新鮮だな。とっても可愛いよ」


 にっこり笑って「可愛い」を強調する。ギーは心の中で、小さくガッツポーズを作る。掴みはばっちり。そのはずだ。しかし、わずか一秒後には項垂れることになる。


「ありがとう。そろそろ電車来ちゃうから、行こうか」


 可愛いと言われたことに対して、恥じらう素振りも嬉しそうに笑うこともなく、千夜はさらっと自然な礼を述べただけだった。時刻表示を見上げると、スタスタと改札を通過してしまう。


「えっ。あ、千夜ちゃん」


 追いかけてくる声を背中で聞きながら、千夜はホームにやってきた電車に乗り込んだ。



***



 日曜朝の車内は空いている。

二人は他に座る人のいないロングシートに、並び座っていた。


「ねえ、銀くん」


 先程感じた違和感を突き止めたくて、千夜は隣の男を見上げた。


「なあに?」


 柔らかく微笑む表情は、すっかり見慣れたものだった。


「銀くんって、何歳なの?」

「年齢? 十七だけど」

「やっぱり」


 息を飲んだ千夜を見て、ギーは密かに「しまった」と考えていた。地球換算での正直な年齢を答えてしまったが、これはまずいのではないか。十七歳で自営業を営む人間なんて、日本ではおかしすぎる設定である。


「もしかしたら、すごく若いんじゃないかって思ってたけど。私と二つしか違わない。学校は? どうしてお店なんてやってるの?」


 ギーの懸念通りだった。


――なんで歳をサバ読まなかった? エスリでの年齢を答えたほうが、まだ違和感がなかった……いや、焦るなギー。大丈夫大丈夫


 尤もらしい嘘をつくこと。咄嗟の言い訳を考えること。得意だった。だからこそ「女ったらし」と呼ばれても、女性関係で大きなトラブルを起こすことなく今までやってこれたのだから。


「実はあの店、伯父のものなんだ」

「伯父さん?」

「そう」

「じゃあ、チョコ作ってるのは伯父さんなの? 私、会ったことないけど……いつもお店の奥にいるの?」


 狼狽した声だった。見たことのない戸惑いの表情に、ギーは二つの感情に襲われる。


――こんな顔もするのか。かわいい。いや、今それどころじゃないだろ……。がっかりしてる? 疑ってる? もっと納得させやすい言い訳は……


「経営してるのは伯父。店にはいないよ。チョコ作ってるのは俺。実は俺、ずっと海外にいたんだ。両親が外国住みでね。向こうの学校を飛び級して、菓子作りを学んで、伯父と一緒に店を出そうって話になって……」


 話せば話すほど胡散臭く聞こえてくるのは、気の所為か。いや、気の所為ではない。無理がありすぎる。


――どうして地球は、エスリと時間の経過速度が違うんだ? 十七年なんて、短すぎるだろ!


 向こうエスリでは成人に至るまでの間に、基本的な学業を修めるのは勿論、就労経験のひとつや二つこなしているのが当たり前だ。その期間は、地球での時間に換算するとおおよそ二十年くらいである。


 ギーは背中に冷汗を感じ始めた。


――おかしいな。いつもはスルスル言葉が出てくるのに。ここがエスリじゃないからか? 地球の常識は下調べし尽くしたと思っていたけど、不十分だったか……

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