20 ですよね

 明と湊を部屋に通すと、結華はクッションを二つ取って、二人に渡す。


「ソファがないので、すみませんが床に座ってください」


 そして結華自身もクッションを一つ手に取り、ラグが敷いてある床にそれを置いて、ベッドの前に座る。


「……お前ってこう……ほんと豪胆だよな……」


 呆れたような感想を述べた湊を、結華はギロリと睨み、


「文句ある?」

「ないです」


 湊も、受け取った星の形のクッションを置いて、そこに座った。


「さ、二ッ岩さんもどうぞ」

「ええと、なんかすみません……」


 クローバーのクッションを置き、明もそこに座る。


「で、二ッ岩さん。お話とは」

「あー……えー……と……」


 明が湊をちらりと見ると、


「いいよ。おれのことは気にすんな。今のお前からは敵意は感じない。俺もお前に敵意を向けないようにする」

「一応言っておきますけど、ここでさっきみたいなことはしないでくださいね。二人とも」

「あ、はい」

「……了解」

「で、二ッ岩さん」

「あ、は、はい。えーと、どこまでお話しましたっけ……たぬきの話はしましたっけ?」

「お聞きしました。覚えてると答えました」

「……で、ですね……そのたぬきは……」


 しゅるん


「ボクなんです」


 一瞬で人間からたぬきへと姿を変えた二ッ岩を見た二人は、


「ですよね……」

「えっ?」

「なるほど、たぬきね」

「えっ、えっ……?」


 二人のその反応に、明のほうが戸惑う。


「いえ、二ッ岩さんは何も悪くないんです。普通に考えれば、驚いたり戸惑ったりするのはこっちだと思います」

「まあ、だろうな。結華は普通の人間だし。今まで色々ありすぎて、感覚が麻痺したんだろ」

「誰のせいだと」

「ごめん」


 オロオロしていた明は、「あの」と控えめに二人へ声をかける。


「お二人は、結華さんがボクを助けてくださった話を共有していたんですか……?」

「いえ全く」

「してないよ。おれはほら、さっき明が……明って呼んでいい?」

「あ、はい」


 コクリと頷くたぬき、もとい明。


「で、さっき明が捕まえた生き物──カイラルドラァグのディアラの契約主だからな。おれ自体が人離れしてる。だからあんまり驚けない」

「か、かいる……?」

「カイラルドラァグ。こっちの世界で言うドラゴンの一種だ。ディアラは名前で、意味は空を統べるもの。おれさ、別の世界から転生してきたんだよ」

「…………へ……?」


 明だぬきは目をまんまるにして、耳と鼻をピクピク動かす。


「湊。情報量が多い」

「あ、ごめん。あ、でさ、話を戻すけど。二人はどういう関係? 立ち位置? なワケ?」

「あっ、そ、それはですね。ボクが天に召されかけていた時に、結華さんに助けていただいたというご恩がありまして」

「へー……天に召されかけてた?」

「はい。その頃、夏だったんですけど、その時のボクは、あまり食べ物にありつけず、もう二、三日すれば干からびるだろうなと、そういう状況だったんです。けど──


『たぬきさん? どうしたの? 寝てるの?』


 茂みの中で細い呼吸を繰り返し、日差しからだけでも逃げようとしていた明を、結華が見つけた。


「人と関わるのはご法度……というほどでもなかったんですけど、あまり推奨されてませんでした。けど、死ぬよりはマシだと、ボクは、助けてほしいと言ったんです」


『助ける? 怪我してるの?』

『水と……食べ物を……頂けませんか……もう何日も食べてないんです……』

『え?! 大変! 死んじゃう! えーと、えーと、……ちょっと待っててね!』


 そして結華はどこかへ走っていき、暫くすると戻ってきた。


『あのね、残ってるの、これだけなの。足りる?』


 リュックサックに入っているお菓子とジュースを、茂みの前に出していく結華。


「ボクはそのお菓子とジュースで生き延びて、その上、種を超えた存在とえにしを結んだとして力が強くなり、今日まで生きてこられたんですよ」

「へー……」


 湊は結華へ顔を向け、


「結華って何か助けなきゃならない運命でも背負ってる?」

「背負ってない。……と思う」

「ちなみにそれ、結華が何歳の時の話?」

「小学校の低学年……?」

「今年の夏で、あれから九年になります」

「小一ね」

「で、ボク、ずっとご恩をお返ししたかったんです。けど、近隣を探しても、結華さんを見つけることはできなかったんです……」


 シュン、と項垂れるたぬき。


「あぁその、あの時はですね、友達の家族とキャンプに行った時の最終日だったんです。だからその次の日には、もうそのキャンプ場から家に帰ってまして……」


 結華が、申し訳無さそうに説明する。


「そういうことだったんですね。道理で、道の途中で結華さんの匂いが途切れてるなと思ったんです」

「で、明はずっと探してたってこと? 結華のこと」


 その言葉にまた明だぬきは項垂れる。


「それが出来ればよかったのですが……その時、一族で内乱が起こってまして。力が強くなったボクは、家族に頼られたんですね」

「え? 餓死寸前まで放置されてたのに?」


 湊の言葉に、「まあ、その時のボクはなんの役にも立たないほど弱かったので、居ないものとして扱われてまして」と、明は寂しそうに言った。


「で、家族を守って戦っているうちに、だんだん勢力拡大していっちゃってですね。うちの家族がその一帯を統べることになっちゃいまして」

「わあ。じゃ、明って偉いたぬき?」

「いえ、今は人間の──こっちの世界で生きていますし。その時も、一番戦果を上げてしまったのはボクですが、家族を纏めていたのは兄でしたから。兄が族長になることに決まって、それで一区切りついたので、ボクは修行の旅に出ると言って、山を降りたんです。本当の目的は、結華さんを探すことだったんですけど」


 そう言うと、しゅるん、と明は人間の姿になり、


「けどやっぱり、人間って数が多いですねぇ。それに人間として生きていくのに、あんなに苦労するとは思いませんでした。身分証明やらお金やら、結華さんを探す前に精根尽き果てるかと思いました」


 明るく言われる結華だが、どう返事を返せばいいのか迷った。


「……その、逆に大変な思いをさせてしまったようで……」

「いえいえ。ボクが勝手にしていたことですし。それに会えましたし。ボクとしては嬉しい限りです」


 明はほわっとした笑顔を結華へ向け、


「それで、あの時のご恩をお返ししたいのですが、どんなものがいいですか?」

(お返しって言われても……あ)

「つかぬことをお伺いしますが、二ッ岩さんって、人間として生きているってことは、感染症予防とか対策とか、してるんですよね?」

「あ、はい。それは勿論」


 明は笑顔で頷き、


「ヒト用のも動物用のもしてますよ。ちゃんと毎日お風呂も入ってますし、他所のたぬきにたぬきだってバレないように消臭スプレーとか使ってますし」

「……じゃあ、清潔ってことですよね……」


 結華は、なら、と考え、


「なあ結華」

「なに?」


 その声のしたほうへ顔を向けると、湊が厳しい顔を向けていた。


「ならたぬき姿の二ッ岩さんをモフモフさせてください! とか言おうとしてねぇよな」

「えっ」


 明は目を瞬く。


「え、ダメ?」

「えっ!」


 首を傾げる結華を見て、明は目を見開いた。


「え、ダメですか?」

「えっ、あっ、いえ、あなたは命の恩人ですし……」


 そう言って、明はまた、しゅるん、とたぬき姿になる。


「じゃ、お願いします」


 わくわくした様子で腕を広げた結華へ、


「で、では……」


 と、明が前足を一歩踏み出し。


「ちょい待ち」

「キャン!」


 湊が明の尻尾を掴み、明は飛び上がった。



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