9 食堂の威力

「あ、なあ、話ちょっとズレんだけどさ」

「なに?」

「名前で呼んでくんない? ずっと佐々木さんって呼ばれんの、距離あるみたいでやだ」

「……まあ、いいけど。で、湊さん」

「湊」

「……湊。人だかりが完全に収まることはないと思う。湊にも友達が出来るだろうし、そこに混ざろうとする人はずっといると思う」


 三年の朝陽がずっとそういう状態なのだから、同じパターンになると見ていい。結華はそう推測する。


「なるほどね。でもそっか、友達が出来れば、それなりに安定するだろうな。けど、まずはあの、肉食獣みたいな勢いで来る女子は勘弁願いたい」

「肉食獣て。気持ちは分かるけど」

「まずは男子の友達が欲しいな。女子が苦手とか嫌いなわけじゃないけど、こう、地盤を固めたい」

「なら、学級委員長に相談する? 委員長、男子だし」

「なるほど学級委員ねー。で、それはどれの誰」

「……なら、今、私から相談してみようか?」

「いいの? じゃ、頼むわ」


 そして結華は委員長に個別にラインをし、この、湊が困っている状況の改善のために力を貸してほしいと相談した。返事はすぐに返ってきた。


「いいですよってさ。でも、自分が力になれるか分からないって添えてる」

「ふーん? 委員長のアカウントどれ?」


 湊がグループラインのアカウントを見せてくる。


「これ」


 結華が示したのは、金山かなやま楓というアカウント名と、白兎のアイコンの写真。


「なにこのウサギ? 飼ってんの?」

「や、親戚のウサギだって」

「ほおん」


 湊はそのアイコンをタップし、自ら委員長に相談内容を送る。


「委員長の名前って、かえで? そう?」

「かえで」

「了解。あ、返信来た。早いな」

「委員長ってグループのラインでも何かあればすぐ反応するんだよね。真面目なんだと思う。で、返答の内容は?」

「頼ってくれてありがとうってさ。それと、友達ならって、同学年の吉野洸平よしのこうへいってやつを推されたんだけど」

「あー。吉野ねー」


 なにやら遠い目をした結華に、「なんかあんのか?」と湊は尋ねる。


「いや、友達多くて明るくて、そこは良いやつなんだけどね。……恋愛面でね……」

「恋愛面?」

「付き合ってもすぐ別れんだよね。校内の女子とか、他校のとか、ここ、大学付属でしょ? その大学の人とかとさ。だから何かあるんじゃないかって言われたりするんだけど、本人の性格はとっても良いからさ。……まあ、会ってもいいとは思う。百聞は一見にしかずだし」

「へえ。ま、でもまずは声かけた委員長に話しかけてみるわ」

「分かった。で、肝心のコレはどうする?」


 結華は、湊と繋いでいる手を持ち上げる。


「私は、毎回休み時間にこうしてもいいけど。転校してきたばっかりの湊がいつも休み時間にいないの、変に思われるかも。もし大丈夫なら、中休みと、昼休みと、帰ってから、みたいな、時間の取れる時にちゃんと回復してほしい」

「……結華はほんと優しいな」


 柔らかい笑顔になった湊を見て、


(お前の顔面の威力は高すぎんだよ!)


 と思いながらも、結華は努めて冷静に、そして諭すように言う。


「だから、何度も言うけど、命がかかってるんだからね」

「だとしたってさ、意味分かんないから近寄んないで、とか言ってこないし。自分に癒やしてほしけりゃ命令を聞けとかも言ってこないし。心配になるほど善人だよ」

「……普通の人だよ」

「善人ってみんなそう言うんだ。そんで搾取される。……おれが結華の優しさを利用しようとしたら、ちゃんとぶん殴ってくれよ」


 それを聞いた結華はため息を吐くと、


「物騒だなぁ……一応了解しとくけど。で、どうする? 二週間くらいは毎回ここで回復する?」

「そうだな……」


 湊は、結華の手の感触を確かめるように何度か握って、


「……一旦、一週間くらいで考えといてくれ。駄目そうなら言う」

「そう? 大丈夫?」

「たぶん」

「無理しちゃだめだからね? 保健室行く時は付き添うからね?」

「分かった分かった。ちゃんと頼る。おれだって死にたくないんだから。頼らせてもらうよ」


 無意識だろう、顔を近寄せてくる結華との距離をなんとか一定に保ちながら、湊はそう言って場を収めた。

 そして、昼休み。結華は、いつもの二人──美紀みき香菜かなという、コーヒーチェーン店でも一緒だった友人──と、そして楓と湊と一緒に、食堂に来ていた。


「やー、一気に有名人になった佐々木くんとご一緒できるとは、ほかの子に妬まれるな」


 香菜は明るくそう言い、


「ホントにねー。刺されないように気ぃつけなきゃねー」


 と、美紀はふわふわと物騒なことを言う。


「あの……本当に僕も一緒で良いんですか……?」

「だからさ、女子だけの中に男子一人は悪目立ちするって。それにそんなに怯えなくても」


 楓の不安そうな声に、結華が答える。


「おれは知り合いが増えるからいいけどな。食堂がどんなとこかも知れるしさ」


 湊は気軽に言い、


「で、おれ、学校の食堂って初めてなんだけど、何をどうすりゃいいの?」

「え、初めてなんだ?」


 少し驚いた香菜の質問に、


「住んでたとこど田舎だったからさ、昼は弁当だったんだ。だから人生初」

「へー。ではみんなで教えてしんぜようではありませんか」


 美紀はそう言って、


「まずはね、日替わりランチを確認して、食券を買います。そしてトレーと、お箸とかスプーンとかを取って、それぞれのお昼ごはんの列に並びます。食券を出して、お昼ごはんを取って、席に座って食べます。この際注意すべきなのは、席が混んでるとグループで座れないことがあったりするので、先に席を取っておく人とお昼ごはん確保係に別れたり、人気のお昼ごはんは売り切れてしまうことがあるので、全体の動きを把握しておくと良いでしょうー」

「……難しそう」

「ま、やってみよー。あ、委員長と結華は席確保係でいーい?」

「いいよ。いってらっしゃい」


 結華と楓は弁当だ。美紀と香菜に連れられ、湊は人のごった返す食券販売機へ向かう。


「どこにしよっか」

「あ、あそこ空いてますよ」


 楓が見つけたのは、奇跡的に六人分の席が開いているテーブル。


「よっし確保に行きますか」


 そして無事、席を確保して待っていると、いつも通りの美紀と香菜と、ぐったりした様子の湊がやってきた。


(ヤバそう)

「何かあった? すごく疲れて見えるけど」


 結華はすぐさま湊に寄り、トレイを支えるようにしながら、その手にそっと触れる。


(何もしないよりマシだよね)

「ありがと……」


 そして湊はぐったりしたまま、席についた。


「……人混みやべぇ……視線刺さりまくる……」

「「あー」」


 注目されてるしね、とは言わないが、結華も楓も納得の声を出す。


「みーんな佐々木くんのこと見てたよー」

「話しかける人もいたし」

「お食事に集中してほしいねー」


 美紀と香菜も座りながら、その様子を語る。


「おれ……次から弁当にしようかな……」

「売店って手もあるよー。あ、でも、そこも結構混むから、結局大変かも」

「売店?」

「パンとかおにぎりとかお菓子とか売ってるとこ。明日見に行く?」


 結華が聞くと、


「一応見ときたいけど……ついて来てくれ……」


 ぐったりしたままの湊を見て、食べ終わったら隙を見て回復させよう、と結華は思った。

 そして、五人で昼を食べながら、結華は気になっていることを美紀に聞いてみた。


「ねえ美紀」

「なにー?」

「付き合ってくれたのは嬉しいけどさ、その、彼氏のほうは良いの? 一緒にお昼食べなくて」

「あー先輩ね、二股かけてることが発覚したから、別れてやったのさ」

「は? ……え、ごめん、聞いちゃって」

「いいよいいよ聞いておくれよ。昨日ねー先輩の家に遊びに行きましたー知らない女の人が出ましたー『あれ? ここ、山本正さんの部屋ですよね?』って聞いたら、『そうだけど、誰?』てね。彼女ですって言ったらねー、その人部屋の奥に行ってねー、またかこのカスクズゴミクズのクズ! って聞こえてね。先輩の声でなんだよ急にどうしたよってね。玄関見てこいやってその女の人の声が聞こえまして。先輩がやって来ました。先輩は私を見て目を丸くしました。女の人もやって来ました。女の人は『こいつ、アタシのカレシ。すぐ浮気する』と。私は『なるほど理解しました。今この瞬間にこの人のことをクズ野郎って思いましたので、私は彼女を辞めますね』って。で、帰った」

「ドロッドロだな。しかも常習犯か」


 香菜の感想に、


「そうなのー私引っかかっちゃったワケなのー」


 そのほかの三人は、何も言えずに食事を続ける。


「浮気とか不倫とか最悪だよねー。すぐに発覚して良かったよー。今度からはあんま知らない人とは付き合わないことにするー」

「そうしたほうが良いと思う……」


 結華はなんとかそれだけ言った。

 そして食べ終わり、五人で食堂をあとにし、楓は、


「あ、先生に呼ばれてるから」


 とそこで別れ、美紀が


「じゃあどうするー? まだ次の授業まで時間あるしー」


 と、三人の顔を見たところで、


「ごめん私はちょっと用事思い出した。図書室行くわ」


 と、結華は言った。そして湊をちらりと見れば、


「図書室……」


 ぐったりした声で呟く。


「あ、図書室行く? 案内しよっか?」

「頼むわ……」

「じゃ、私達行くね。美紀も香菜もまたあとで!」


 と、湊の背中を押しながら、結華はその場から離れた。


「……ねー、香菜」

「うん。言いたいことは分かる。あとで確かめよう」



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