8 律に対する湊の見解

「ね、その髪染めてるの?」

「その目、カラコン? カッコいいね!」

「名前で呼んでいい?」

「クラスのグループライン入ろうよ。あ、ライン交換しない?」


 ホームルームが終わり、一時限目までの十数分。湊はクラスの生徒──のうちの女子たちに囲まれていた。

 男子はそれを、複雑そうな顔で見ている。


「ここ校風自由だって聞いたからさー。名前はなんでもいいよ。あ、グループラインか、大事だよな」


 幸い、湊が結華のほうへ突進してくる、なんてことはなかった。だが、知り合いである。湊は上手く、答えにくいことはすり抜けながら話をしているが、困っているのは読み取れる。


(助けるべきか、放置するべきか……あっ?! これ、ストレスになって魂削られたりしてないよね?!)


 だとしたら一大事だ。

 結華は決意を固め、スマホを操作し、


「はい席ついてくださいね」


 チャイムとともに先生が入ってきた瞬間にその文章は出来上がり、それを送信した。そしてスマホを素早く仕舞う。


(あとはこれに、佐々木さんが答えるか答えないかだ)


 一限目の現国を終え、結華が二限目の準備をしていると、


「クルルゥ」

「! ?!」

(ディアラ! ってちっちゃい?!)


 足元にいた手のひらサイズのディアラに驚き、けれどそれを合図だと受け取り、結華は立ち上がった。

 なんでもないように教室を出ながら、湊のほうへ視線を向ける。


「ごめん、ちょっと」

「? どうしたの、……」


 湊を囲んでいた女子達の動きが一瞬止まり、湊は素早く立ち上がって廊下へ出て、踊り場の近くにいる結華と目が合うと、そっちに早足で向かった。


「こっち来て!」


 結華は湊の手を取ると、小声でそう言って、湊とともに踊り場から外階段へ出た。そして素早くドアを閉め、ドアの上についている窓からこちらが見えないようにしゃがみ込む。


「大丈夫だった?」

「……まあ、なんとか」

「今、手握ってるけど、効果ある?」

「めちゃくちゃある」


 結華はそれを聞くと「なら良かった」と胸を撫で下ろし、「あ」と声を上げた。


「あの、この、子。ディアラ、だよね?」


 結華は、自分の肩に乗っているディアラの姿をした小型のそれを示して、一応聞く。


「うん、そう。カイラルドラァグの能力の一つ。体の大きさを自由に変えられるってやつ」

「じゃあ、大きくもなれるの?」

「なれるよ。最大……んー、飛行機くらい? になれる」

「……デカ」


 結華はその情報に驚いて、次に、最初に聞こうとしたことを思い出した。


「ね、どれくらいダメージ受けた?」

「ダメージて。ま、それほどでもない。どれも殆ど悪意のないもんだったし、……周りからの男子の視線は半分くらい痛かったけど、そんくらい」

「半分?」

「そ。もう半分はあんな状態になってたおれを気遣ってた。ここ、優しいやつが多いんだな」

「……」


 苦笑いしながら言うそれは、まるで、今まで周りには優しくない人ばかりがいたような口ぶりに聞こえた。結華はそれについて聞きたかったが、踏み込むのはあまり良くないと、「そんなもんなのかな」と、お茶を濁すように言った。

 そして、結華のスマホがヴーッと鳴り出す。


「あ! 二分前! 戻らなきゃ! えっと、これから学校でどうするか、は、中休みに考えよう!」

「お、おお」


 結華はドアの窓から中を覗き、人がいないことを確かめると、


「まず私が戻るから、少ししてから佐々木さんは戻ってきて。同時に戻ると怪しまれるから!」


 と言って、湊から手を離し、外階段から教室へ行ってしまった。


「……」


 湊は、まだ温かい手を眺め、握り、


「はぁ……」


 その拳を額に当てた。


 ❦


 結華は中休みになると、いつも集まる友人二人とのグループラインに『ごめんちょっと用事できた!』と送り、席を立つ。湊のほうへ顔を向ければ、また人だかりが出来ていた。それも増えている。恐らく、噂を聞いた学校の女子達が集まってきたんだろう。


(気持ちは分かるよ。すっごく分かる。イケメンだし? 銀髪褐色肌赤い瞳っていうものすごい属性持ちだし? 親しみやすいし? ……けどみんなもう少し落ち着いてくれると有り難いんだけど……)


 こういう時に頼りになるはずの学級委員の一人である女子も、あの人だかりの中だ。もう一人の男子のほうは、なんとかしようと右往左往しているが。


「クルゥ」


 その声に結華が下を向くと、また、結華の足元に小さいディアラ。結華が自分に気づいたと分かると、ディアラはスゥ、と消えてしまった。


(……これも、能力の一つってことだよね……?)


 結華は湊へ『さっきの場所に』とメッセージを送り、早足で外階段へ向かう。

 湊はそれほど時間を置かず、すぐに外階段へやってきた。


「……あの人だかりの中、よく、そんなあっさりここに来れるね……」

「ああ、ま、ちょっと、意識を逸したから」


 しゃがみこんでいた結華の隣に腰を下ろし、湊が言う。


「意識を逸らす……?」

「そ。魔法より弱い、ちょっとしたまじないみたいなもん」

「はぁ、なんか分かんないけど、すごいね」


 言いながら、結華は自然に手を差し出す。


「……ちょっと言いたいんだけどさ」


 湊は苦笑しながらその手を取って、


「結華さ、無防備だとか、危機感が足りないとか、言われたことない?」

「無防備……? 別にないと思うけど……」

「そっか。じゃ、話変えるけど、あの人だかり、どんくらいで収まる?」

「うーん……」


 結華は首をひねり、


「まずさ、佐々木さんは飛び抜けてイケメンでしょ。それだけでも注目の的なのに、銀髪に褐色肌に赤の瞳。まるで異世界のキャラクターだよ」

「あ、その通りだよ? この見た目な、元の世界でのおれの声と背格好と色味をそのまま引き継いでんだ」

「へー……え? 銀髪と褐色肌はいいとして、その赤も、本物……?」

「うん。カラコンとかじゃない」

「えっ、じゃあ、陽の光とか、大丈夫なの?」


 瞳が赤い人は血管が透けてその赤が見えるだとか、だから目に太陽の光が沢山入り込んで、よく知らないが大変なのだと、ネットで見たことがある。と、結華は思い出す。


「ああ、平気。こっちの人間と赤眼の構造が違うから、そういうのとか関係ない」

「それならいいけど……」

「あとさっきサラッと言われたけどさ、簡単に人にイケメンとか言わないほうがいいと思う」

「ただの事実なのに?」

「……だからさぁ……」


 湊は天を仰ぎ、


「お前さぁ……ほんと、」


 その時、人の悲鳴とうめき声のようなものが、二人の耳に届く。


「え、なに?」

「下からだ」


 今結華たちが居る、この外階段は三階。二人は顔を見合わせ、声のしたほうへそろりと頭を出す。


(うわぁ……)


 そこでは、律が三年五人をボコっていた。そしてボコり終えたのだろう、その五人に対して、何か言っている。


「……あいつ……」

「あれね、あの紫の髪の男子、中館律なかだてりつって言うの。校内で有名なヤンキー。いつも誰かしらボコってる。今みたいに」


 湊の呟きに、結華は説明する。


「……いや、ボコってるけど、あれは……」


 湊は眉をひそめる。


「近づかないほうがいいよ。目、つけられたらおんなじ目に遭わされるから」

「いや、あいつ、たぶん良いやつだよ」

「はあ?」


 結華のその声が響いたのか、律が上へ顔を向けた。


(やべっ!)


 結華は即座に頭を引っ込め、


「ちょ、佐々木さん!」


 小声で呼びかけ、動かない湊の腕を引っ張り、引き寄せる。


「いや、気配探ってたんだけどさ。あの律ってやつ、鬱憤晴らしとか、弱い者いじめとか、そういう目的でボコってない」

「どういうこと? それが分かるのも能力?」

「うん。あいつ、怒ってた。ボコってた奴らに怒りを向けてた。ボコられたやつらが律を怒らせたのか、それは分かんないけど、あいつは無闇に手を出してない」

「じゃあなんなの」

「そこまでは分かんないよ。あの律ってやつについて、全然知んないし。けど、悪いやつだとは思えない」

「……。なら、じゃあ、答えの出ないそれは一旦置いといて。みんなが佐々木さんに慣れるまでにどうするか考えよう」



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