4 大家の娘として
(格好……たぶん良し)
今日の結華は、シルク加工の施された淡い黄色のブラウスと、ハイウエストでデニム生地のロングスカートという服装。
(髪も乱れてない)
見慣れた、肩を少し超す黒髪は、しっかりとセットしてある。
(メイクも上手く……)
春らしいピンク系統の、そして控えめなメイクを確認して、
(いったと思うことにして)
全身鏡で見た目のチェックをしていた結華は、壁にかけている時計を見て、時間が昼過ぎであることを確認し、まだ時間あるな、と一息つく。
昨日、あのあと。
『で、その二人の入居者さんは明日来ることになっててね』
『え? 明日も二人で出かけるって言ってなかった?』
母の言葉に結華は首を傾げ、その後すぐ、嫌な予感を覚えた。
『そうなんだよ。だから悪いんだけど、また結華に対応をお願いしたんだ』
父の言葉に、結華は顔をしかめ、上を向き、下を向き、ため息を吐いて、
『……りょーかい……』
と、言わざるを得ないそれを口にした。
『ま! 人数的には今日の半分だし! 何かあったらすっ飛んで帰ってくるし! そう心配しなくていいさ!』
そして、結華は両親から、今度こそ事前に入居者についての注意事項を聞いておいた。
で、今に至り、結華は身だしなみのチェックをしていたという訳である。
(昨日、バイトに行く支度を終えてから店長に連絡もらって良かったよ……服も部屋着じゃなかったし、なによりメイクしたままだったから、そこまで気にしないで対応できたし……)
バイトは今日も休みだ。ギックリ腰はすぐには治らないと聞いたことがあるので、昨日の今日で、店を開けるのは無理だったのかな、と結華は考える。
「こっちから急に休ませてください! って言わなくて良くなったのはいいけど……」
次のバイトの時、何かお見舞いを持っていこう。結華はそれを心に留めおく。
そして、聞いていた通り、午後一時頃に引っ越しのトラックが二台やって来た。
結華は昨日とは違い、すぐに外に出て、業者の人たちに確認を取っていく。そのトラックは、やはり結華の家に越して来た人のトラックだそうで、結華はそれを確認すると、一度彼らに頭を下げて、家に戻った。
(まだ、入居者さん達は来てないな)
自室に入り、カーテンを閉め、その隙間から外を伺う。なぜリビングでなく自室なのかというと、道がよりよく見え、状況が把握しやすいからである。
と、一人、昨日の背の高い男性よりは少し背の低い、けれど長身と言って差し支えない人が、こっちにやってくるのが見えた。荷物は、背中に背負ったリュックだけ。
(一人はあの人……かな? だよね? たぶん。聞いた通りの見た目だし)
結華は両親から、入居者の見た目についても聞いている。一人は背が高く、焦げ茶色の髪色で、ほんわかした雰囲気のイケメン。もう一人は肌の色が浅黒く、結華と同学年になる男子で、その時の髪の色は銀だったと。
聞いた時、またイケメンかよ、そんで入居者全員男かよ、と思ったが、もう考えないことにした。イケメンだからどうした。自分には何も関係がない。男というものとは無縁だ。悲しい。
(……恋人などいない身の上ですし……)
そう思ったところでふと、結華は思い出す。神社に、彼氏が欲しいと願ったことを。そして見た、あの不思議な夢を。
『アナタはイケメン達に囲まれた生活を望みますか?』
「……まさかね。ないない。あれは夢だし」
結華は、ははは、と嫌な予想を乾いた笑いで飛ばそうとし、
「あ」
もう一人の入居者らしき人が、小さいサイズのショルダーバッグを斜め掛けに身に着けているだけという、殆ど手ぶら状態でこっちに向かってくるのに気づいた。
(荷物はほとんどダンボールの中かな)
そんなことを考えながら、その少年を観察する。彼の見た目は、聞いていた通りに浅黒い肌と、銀色の短髪だった。そして、
(またもやイケメンかよ……)
ここからだとよく見えないが、それでも分かるほどに、赤みのある瞳の色をした少年のその顔は、イケメンと言って差し支えないものだった。因みに、可愛いと格好良いを足して二で割らない感じの顔だ。そこで結華は、もう一人の入居者の顔について聞いてなかったな、と思い出し、まあ後の祭りである。と一人で完結させた。
で、これからどうするかといえば。
「……」
結華は窓から外を眺めて、入居者と思われる二人が業者に話しかけるのを待つ。要するに待機である。早く動こうとも、荷運びが始まってからでないと、大家の娘とはいえ不審がられてしまう。
「──あ」
ほんわかイケメンが業者に話しかけ、アパートへ顔を向けた。そして銀髪の少年も業者に声をかけて、アパートを指さした。
二人とも、入居者確定──ほぼ確定である。
結華は部屋から玄関へと降りて、二人のもとへ向かう。
そしてまず、ほんわかイケメンに笑顔で声をかけた。
「こんにちは。私、ここのアパート『
そのほんわかした人は結華を見て一瞬驚いたあと、柔和な笑みを結華へ返した。
「こんにちは。ボクは
明は結華へ頭を下げ、上げてから、「娘さんという話ですが、大家さんは……?」
「すみません、大家である両親は、今外出中でして。何かあったら私が対応いたしますので、年下に言われるのはアレかもしれませんが、遠慮なくお声がけください」
「そうでしたか。お若いのにしっかりしていらっしゃるんですね。あ、そうだ」
ほんわかの人は、リュックを前に持ってきて、そこから手提げの紙袋を取り出す。
「これ、よろしければ。大したものではないのですが」
「お気遣いありがとうございます。いただきますね」
結華が紙袋を受け取ったところで、
「なあ、ようするにアンタが、今現在のここの責任者か?」
「え、あ、はい」
その声に振り向けば、
「へっ?」
ものすごく近くに、あの少年の顔があった。その距離、五十センチ弱。一歩間違えば、ぶつかってしまうほどの距離。
「なら、如月だっけ? アンタに話をつければいいんだよな。おれ、
「よ、よろしくお願いします」
結華は物理的な距離の近さと精神的な距離の近さに少し引きながら、けれども笑顔を崩さぬよう、差し出された手を取る。と、
「いやぁ、おれは相当運が良いみたいだ。ここは当たりだった。間違ってなかった」
「わっわっ、わっ」
よく分からないことを言われながら、ぶんぶんと勢いよく腕を振られた。
(な、なんだこの人?)
どう対応すれば、と困った顔になった結華に気づいたんだろう。「あ、ごめん」と、湊はすぐにその手を離す。そして満面の笑みで、
「じーちゃんから聞いたけど、蕎麦を渡すんだろ? あとで持ってくっから、じゃ」と、トラックのほうへ戻っていった。
「……あの、大丈夫ですか?」
ほんわかの人に、心配そうに声をかけられ、
「あ、はい。大丈夫です。元気な人だな、と思っただけでして」
結華はなんでもない、と笑顔とともにそう答える。
(一応一区切り付いた、かな)
そう思った結華は、
「では、私は失礼しますね」
「あ、はい」
明に頭を下げ、家に戻った。
そして、そう経たないうちに、インターホンが鳴らされる。
「はーい!」
出れば、何か入っているビニール袋を持った湊が立っていた。
「どうされました?」
「蕎麦持ってきた」
湊はビニール袋から箱を取り出すと、「えーと」と言って、
「よろしくお願いします? で、合ってる?」
と言いながら、その箱を差し出してきた。
結華はその一連の行動に、
(慣れてないんだなぁ。けど、全然嫌な態度に思えないし、なんか、誰とでもすぐ友達になれそうなタイプだな)
と、微笑ましげな顔をしながら、
「ご丁寧にありがとうございます。いただきますね」
と、蕎麦が入っているらしい箱を受け取り、
「では」
とドアを閉めようとして。
「あ、ちょっと待った。少しアンタと話がしたいんだよ」
「? なにか問題でもありましたか?」
「いや、そうじゃなくて。今、この家、アンタ……名前で呼んでいい?」
「あ、はい。どうぞ」
「結華のほかに、人はいないんだよな? 気配も感じないし」
気配、という厨ニのようなワードは無視するとして。
「はい。私だけですけど」
「じゃあさ、玄関でいいから入らせてくんないかな。ちょっとほかのヤツには言いにくい話なんだ」
(なんだろう……契約書に不備でもあったかな)
結華は疑問に思いながらも、
「分かりました。どうぞ」
と、玄関へ通した。
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