2 挨拶

 その律は、固まった結華を見て不思議そうな顔をしながら、


「すみません。今日入居することになっている中館律と言います。……あの……大家さん、は……?」


 その言葉に、結華はハッとして、


「あ! はい! 私、大家の娘の如月きさらぎ結華と言います。お引っ越しお疲れ様です。何か問題でもありましたか?」


 律は、自分を同じ学校の人間だと気づいていないらしい。それにほっとした結華は、笑顔を向けて対応する。


「あ、いや、引っ越しのご挨拶にと。これ、つまらないものですが」


 律はそう言って、手土産などで目にするような、箱を差し出してきた。


「お気遣いありがとうございます。大家、両親は今外出しておりますので、僭越ながら、私が受け取らせていただきますね」


 結華はそれを受け取り、


「なにかお困りの際は遠慮なく声をかけてくださいね」

「はい。これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 互いに頭を下げ、「では」と結華はドアを閉めかけ、


「あ、俺もいいですか?」


 その爽やかな声に、また固まった。


(追撃……私が何をした……)

「はい。なんでしょうか?」


 すぐに切り替えた結華は、声のしたほうへ顔を向ける。案の定、というか、すぐそばに、朝陽が立っていた。

 律は朝陽をちらりと見て、何でもないようにその場を離れる。

 それにほっとしている結華へ、


「俺もご挨拶に伺おうと思っていたんです」


 朝陽に微笑みを浮かべながら言われ、結華はサングラスが欲しくなった。


(こんな近くで見るの初めて……イケメンやべぇ……太陽の如き輝き……てか、やっぱ先輩もここに引っ越してきたんですね……)

「大鷹朝陽と言います。これからよろしくお願いします」


 と、朝陽も定番の形の箱を差し出してくる。


「あ、はい。ありがとうございます。お引っ越しお疲れ様です」


 結華はまた、それを受け取り、今度こそドアを閉めようとして。


(……)


 持っていた大きなカバンに手を突っ込み、慌てて何かを探しているような伊織が目に入る。

 伊織は、さっきまでの律と朝陽の様子を見ていたんだろう。そして今、何かを必死に探している。何を探しているのか、結華には大体察しがついた。

 結華は玄関の棚の上に、受け取った二つの箱を置き、外階段を降りて伊織に近寄る。


「どうかしましたか?」


 声をかければ、びくりとその肩が跳ね、伊織はその顔を、おずおずと結華へ向けた。


「その……すいません……あの、持ってきてるとは思うんですけど、その、ご挨拶の、ための、ものが、見つからなくて……」

「そうでしたか。それならきっと大丈夫ですよ。お引っ越しの作業を終えて、ゆっくりして、落ち着いてもう一回探せば出てきますよ」


 結華の言葉に、伊織はほっとした顔になって、


「……ありがとうございます……皆さんがしてるのを見て、焦ってしまって……」


 言いながら、その焦りを思い出したのか、伊織の顔が少し赤くなる。


(て、照れてるぅ……! 誰が言ったか知らないけど、天使と言われるほどのことはある! 照れ顔でこの威力!)


 結華はなんとか笑顔を保ちながら、


「そういうことなら、私は戻りますね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 伊織がぺこりと頭を下げるものだから、結華も頭を下げ、家に入り、ドアを閉め、


(……やっと……開放された……よね……?)


 あの、見知らぬ男性は声をかけてこなかった。問題も起きてなければ、手土産も持っていないのかもしれない。昨今、手土産をきちんと持ってくるほうが珍しいので、結華はそれについて疑問を抱かなかった。

 というか、結華からすれば、ヤンキーの律が手土産を持って挨拶してきたことのほうに驚いていた。


(ぜんっぜんヤンキーじゃねぇ! 見た目がちょっと奇抜なただの人! それも礼儀正しい人! なに? ドッペルゲンガー?)


 久しぶりの休みなのに、どっと疲れた結華は、箱をリビングのテーブルに置いて、家族のグループラインに今までのことを全て報告すると、二階にある自分の部屋へ上がり、ベッドへボフッとダイブして、寝た。



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