アン・ファクトチェック小説を作るにはフィクション構成で

ちびまるフォイ

絶対に欠かすことのできない現実要素

「え!? 企業案件の小説ですか!?」


「そうそう。最近は動画でも企業案件があるだろう。

 我が社も君の知名度を使って、名を売りたいんだよ。


 もちろん報酬は払う。

 君がちまちま小説広告でもらえる金額よりも

 はるかに大きい額を渡そうじゃないか」


「もちろんやらせてください!

 あ、でも企業案件だからこういうのを書けとか

 なんかそういう縛りはあるんでしょう?」


「いやいや。それだと君の持ち味が生きないじゃないか。

 内容は君に任せるよ。ただし、最後に我が社の名前を入れてくれ」


「はいよろこんで!」


企業案件の小説制作を受けたが、

実際にはいつもとやることは変わらない。


変わることと言えば最後にスポンサー名を記載し、

それによってお金を大量にもらえるという要素だけ。


「ふふふ。こんなに美味しい仕事はないぞ」


趣味で書いている普段の小説よりも

なぜか今回の小説だけはいやに凝った設定だったり

ドラマ性をもたせたりして作ってしまった。


しばらくして、依頼元の企業へと小説を提出する。


「おおついにできたんだね。ありがとう」


「いつになく力が入っちゃいましたよ。自信作です」


「それは嬉しいな。おい、部門に回せ」


「あ、あの読まないんで?」


「え? ああ、すまないね。我々はそんな時間がないんだ」


「はあ」


「ただ、ちゃんと君の小説を読む部門は存在する。

 アンファクトチェック機関があるんだよ。結果はすぐにでる」


「あんふぁくと……?」


「結果を見ればわかるさ」


やがてアンファクトチェックに回された小説が戻ってきた。

ところどころに、赤ペンで注釈や注意事項などが書き込まれている。


「ふうむ。この小説の冒頭の描写だけど。

 もしかして、これは〇〇町を参考にしてる?」


「え? ああ、近い……かもしれませんね。地元なんで」


「ああダメダメ。そういうのはNGなんだよ」


「はい?」


「仮にこの小説が有名になって聖地巡礼なったら、

 そこで暮らしている人に迷惑がかかるだろう。ゴミだって増える」


「は、はあ……」


「完全にフィクションにしないとだめなんだ。

 現実のどこどこをモデルにしてる、とかはNG。

 そのためのアンファクトチェックなんだよ」


「えええ……!?」


その後もアンファクトチェックによるダメ出しは続いた。


「ここの魔法詠唱のくだりって、洋楽の一節からとってない?」


「ぐ、偶然の一致なんですけどね……」


「そういうの読者にはわからないよ。

 現実に存在するものを小説に含めちゃだめだよ」


「すみません……っ」


「ここの心理描写なんだけど、これは君の実体験?」


「あ、はい、まあ……」


「ダメだって。完全なフィクションにしてもらわないと。

 作者の経験や感情が小説に出ちゃうと、

 考えが浅い読者はこれが自伝だと誤解しちゃうよ」


「でも異世界の話ですよ?」


「この主人公と作者をイコールで結びつけちゃうんだよ。

 現実とリンクさせるのはアンファクト的にNGなんだ」


「む……難しい……」


アンファクトチェックのダメ出しをひとしきり受けると、

すでに外は真っ暗になっていた。


「アンファクトチェックは以上。

 それじゃ今回の指摘点をすべて直してから再提出ね」


「いえ……やっぱり作り直します。

 これをひとつずつ手直しするよりも

 いっそ最初から作り直したほうが楽です」


「そう? 手段はそっちに任せるよ。

 うちは最後にでかでかと企業名を入れてくれればそれでいい」


「はい……」


家に戻ると提出した小説をくしゃくしゃにして捨てた。


おそらくアンファクトチェックを行っているのはロボット。

それだけにチェックは厳格で融通がきかない。


わずかでも現実にかかわる要素が含まれたらはじかれる。


そして、一度はじかれてしまえば人間側はチェックしない。

杓子定規で「アンファクトチェックでNGだから」と鵜呑みにしてしまう。


「機械のアンファクトチェックを突破しなきゃどうしようもないってことか……」


そう考え方を切り替えると、

これまで作ってきた小説の作り方を根底から見直した。


読者が感情移入しやすいようにと、

自分の経験や他人の人物像を参考にしていた部分をやめた。


リアルな情景がイメージできるようにと、

過去のゲームや絵をイメージしながら描写することをやめた。


魔法や地名、武器の名前すらも

モチーフが現実にないようにメチャクチャな名前にした。



そうして出来上がったのは、

奇書と言われても反論できないほど

独自の設定と一切の感情移入ができない小説だった。


それでも面白いと思えるようにしようとしたのは

ある種の自分の職人気質なのかもしれない。


「で、できた……。これならアンファクトチェックも大丈夫。

 現実のなにかと一致することなんて絶対ありえない」


書き上げたあとにはヘトヘトになっていた。

翌日、できあがった作品を企業のもとへと持っていく。


「おお、できたんだね。待っていたよ」


「はい。今度はどうあがいても

 アンファクトチェックには引っかからないはずです」


「それはよかった。うちとしても安心だよ。

 おい、これを部門に回してくれ」


自信満々で小説をアンファクトチェックのふるいにかけた。


現実のどこにも存在しないものだけ詰め込んだ小説。

アンファクトチェックに引っかかる要素がない。


しかしーー。



「NGだね。アンファクトチェックで1点NGが出たよ」


「はあああ!?」


普段なら「1点だけなら」と受け取るが、

今回に関しては全要素が架空の存在なので納得いかない。


「ちょっとまってください! 絶対おかしい!

 アンファクトチェックが間違ってますよ!」


「いいや、アンファクトチェックは正確だ。

 新世代のスーパーコンピューターが間違うわけない」


「だったらプログラムがミスってるとかでしょう!?

 なんでフィクションしか含まれてないのに、

 アンファクトチェック通らないんですか!」


「君が現実の要素を混入させたからだろう!?」


「そんなわけないって言ってるんです!」


「たった1点じゃないか! それを抜くだけでいいんだぞ!

 なんでそんなに意地をはるんだ!」


「納得いかないからに決まってるじゃないですか!」


「ああもう! これだからクリエイターってやつは!!

 変に自分の作品にプライドを持つから扱いにくい!」


企業の人は急に小説にむけてペンを握った。


「ちょっと!? 何する気ですか!?」


「そっちが直さないなら、こっちで小説を修正してやる!

 どうせ1個だけ直せば終わるんだーー!」



男は小説の最後に含まれていた唯一の現実要素。


自分の企業名を跡形もなく消してしまった。

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