第8話 無職休息!初めての一つ屋根の下!

 その日はいったん宿に泊まり、体力を回復することにした。

 後でステータスを確認すると、スライムからのダメージは6だった。レベルアップしていたおかげで体力も耐久もあがっていたので、もう何発かいただいても死ぬことはなかったかもしれない。

 しかし、Lv1の時にスライムから1撃くらっていたら…と考えると、少しだけ怖かった。


 この世界はいろんなところで現実世界とは違う。体力回復とかはゲームの世界のようだ。

 例えば、この世界ではケガをしない。何度かスライムの攻撃をくらっているクラスメイトを見たが、体力は減るものの折れたり血が出たりすることはない。ただ、衝撃はしっかりあるので、鳩尾にくらうと息がしづらくなったり、顎にいいのをもらうと意識がなくなったりはするかもしれない。

 多くのゲームでも、瀕死になったからといってキャラクターのパフォーマンスが落ちることはないはずだ。瀕死だから攻撃力が9割減になりますとか、速さが9割減になりますとかあまり聞いたことがない。こういう仕組みで、ゲーム世界のキャラクターも動いていたのかも。

 減った体力は主に3つの方法で回復できる。1つはアイテム。薬草ときくと回復アイテムだと連想する人がかなりいると思うが、この世界にも薬草はある。次に魔法。職業によってスキル名が違うようだが。最後が休息。睡眠だ。一晩寝れば体力が全快する。理屈は良くわからないが、どこで寝ても効果は変わらなかった。


 今までは野宿していたが、真鍋さんもいるため、今夜は宿屋に泊まることにした。もちろん部屋は別。お金がもったいないから一部屋で~なんていう勇気もなく…というか、店員さんとの会話がしどろもどろすぎて、真鍋さんが宿泊手続きをしてくれたくらいだ。自分で自分が情けない…。


 とりあえず今後はどうしようかと考えていると、コンコンコンと扉がノックされ、そのあとに真鍋さんの声で名前を呼ばれた。


「平くん、まだ起きているか?良ければ話したいことがあるのだが」


 まさか自分の部屋に来るとは思っていなかったので、パンツ一丁だった僕は慌てて「起きてますが!ままま、待ってください!」と言い、急いでズボンとシャツを身に着けた。

 今後は寝る時もしっかりしておかないと、いつか事故が起きるな…。

 一応最終確認で足元から自分の腕までをひととおり確認し、扉を開ける。


「ど、どうしたんですか」

「うむ、そんなに大した話じゃないんだが、とりあえず中に入れてくれ」

「は、はい…」


 部屋に招き入れ、ベッドに腰かけてもらう。こういう経験がないのでそれだけで緊張していたが、真鍋さんが部屋に来た理由のほうが気になって、いい感じに冷静さを保てていた。

 一呼吸置くと、真鍋さんが口を開く。


「平くん、今日は本当にありがとう。平くんのおかげで、自分の甘さに気づけた」


 そう言って僕に頭を下げる。お礼の言葉は何度も聞いたのに、それでも面と向かってまた頭を下げてくる真鍋さんは、改めてすごく丁寧で実直な人なんだなと感じた。


「な、何度も言いましたが、も、もう大丈夫ですよ。そそ、それに、僕も結構キツイこと言いましたし…」

「それでもだ。実のところ、私は人の言葉の裏を読んだり、空気を読むのが苦手でな。よく勘違いしたりすれ違ったりして迷惑をかけるんだ。だから、あぁやってストレートに話をしてくれて助かったよ」


『実のところ』というあたり、本人はあまり自覚がないんだろうな…周りがなんて言ってるか。そういう性格だからこそ、そうなっているんだろうけど。


「それでだ。今後の予定などは決めているのかな、と思ってな。何事も目的があったほうが行動しやすいだろうし」

「あ、あぁそういうことですね。ま、まずはレベル上げが最優先かと。僕は戦闘で全然役に立たないでしょうし、ま、真鍋さんに強くなっていただかないと、安心して旅もできません」

「まぁそうだな。そうと決まれば、スライムには申し訳ないが今日みたいにボコボコにして…」

「そ、それなんですが、あの、真鍋さんだけで倒してしまうと、僕に経験値が入らず、ぼ、僕の足手まといに拍車がかかるので、できれば、僕が一撃を入れてから真鍋さんに倒してもらえたらと…」

「なるほど…確かにそうだな!よし、ではスライムをシールドバッシュで平くんのほうに弾き飛ばすから、一撃をお見舞いしてくれ。そしたら私がすかさずボコボコにするから」

「そ、そうしていただけると、助かります」


 うやむやになっていたが、真鍋さんがモンスターを倒してくれるおかげで、"手抜き上手"の追加効果、自分が倒さなければ経験値がさらに2倍(計4倍)の恩恵を受けれるようになる!今のモンスターでは経験値が少なく、レベル上げに苦労していただけに、この恩恵にあやかれるのは本当に大きい。

 真鍋さんに提案を快諾してもらい、ほっとする。これなら自分も少しは役に立てるようになるかもしれないからだ。


「そうと決まれば早く寝よう。また明日な!平くん」


 そう言うと勢いよくバッと立ち上がり、早々に扉の向こうに姿を消した。行動が早い。さすが体育会系。

 真鍋さんが座っていた場所に少しドキドキしながら、ベッドに横になる。おそらく真鍋さんは勉強はできるけど、考えたり作戦を練ったりするのは苦手なタイプだと思う。僕が頑張って少しでも役に立たないと!

 そうと決まれば早く起きて、少し情報を整理だ!と意を決し、部屋を暗くして目を閉じる。チラッとまた真鍋さんが座ったところを見て、気づけばいつの間にか寝ていたようだ。


「………ぃ、………おい、起きろ平くん!おーい!」


 誰かの声がして、なんとか目をこじ開けると、真鍋さんが顔をのぞきこんでいた。

 なんで真鍋さんが?そう思いながら目を閉じようとするが、次の瞬間に覚醒し、ローリングしてベッドの奥に行く。


「ななな、なんでいるんですか!真鍋さん!」

「なんでって、レベル上げをするんだろう!善は急げだ!」


 ニコニコしながらそう答える。外を見てみると、まだ暗い。


「ちなみに、今何時ですか…?」

「うん?朝の4時だ!今から外に出れば気持ちいいぞー!」


 朝の4時…トイレでしか起きたことがない時間帯だ。真鍋さんの反応を見るに、おそらく真鍋さんは毎日この時間帯に起きて、いろいろと活動しているんだろう。

 これがスポーツ万能で勉強もできるイケ女の秘訣か…と思いながら、僕はなんとかもう少し寝かせてもらえる方法を考えてみた。

 だが、満面の笑みでこっちを見る真鍋さんに、何も言えなくなってしまった。


「わ、わかりました。準備します」

「うむ!では部屋で待ってるぞ!」


 そう言い残して部屋から出ていく真鍋さんの背中を見ながら、僕は1つ決心した。

 明日は8時スタートだと事前に言っておこう…と。

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