「死」というものに鎮魂歌を

棚からぼたもち

「死」というものに鎮魂歌を

「俺さ、」

「うん。」

「死ぬんだよね。」

「は、、、?いつ、、、?」

「わかんない。」

「そっか。」


昨日、春樹はそう言った。いつもの冗談だと思って流していたけど、

「今日は皆さんに重大な報告があります。春樹君が死んでしまうことになりました。」

「そうなんです。あと少しの間かもしれませんが、よろしくお願いします。」

そういって春樹は頭を下げた。頭を下げたとたんに、クラスのみんなは春樹を取り囲む。僕からは春樹の頭すら見えなくなってしまった。みんなは口それぞれに春樹に質問を浴びせた。いつまで生きていられるの、とか、いつまで学校にいられるの、とか。でもその質問のすべてに対して春樹は「わからない」の一言で済ませた。案外素っ頓狂な返事だった。みんなはじめは不思議がっていたけれど、だんだんと本当に春樹が死んでしまうんだという思いがふつふつと湧き上がってきて、みんなをじめっとした空気が飲み込んでいった。ついには、春樹の前で泣き出すやつもいた。

僕は自分の席にずっと座っていた。なんというか、春樹が本当に死ぬような気がしなかったというか、そういう違和感があったし、なにより、外の葉桜がきれいだったから、つい見とれていた。


春樹の死を弔って、その日から5,6,時間もの授業は無くなって、春樹のお別れ会、ということでクラスレクが開催されることになった。何週間に一回は学年を含んで、ドッチボールや、フルーツバスケット、初めはやりたいことが多くてそんな遊びをしていたけれど、それから2年たった今頃は5,6時間目はみんなで談笑する時間になっている。まだ春樹は生きている。


「なぁ、もう中学校も卒業だな。」

学校の帰り、山の向こう側に見える夕日に向かって、僕はそう言った。

「そうだな。」

「結局、お前、生きてるな。」

僕がそう言うと春樹が眉をまげて、

「それは死んでほしいってこと?」

と聞いた。僕は何となく答えたくなかったので、それを無視して、

「お前は、死ぬことが怖くないの?死んでしまうとわかっているなら、僕はきっと恐怖で埋め尽くされてしまうと思うんだけれど。」

と聞いた。すると春樹は珍しくしかめつらしい態度でこう答えた。

「死ぬっていうのは、そんなにドラマチックなことじゃないよ。みんないつかは死ぬし、そのために生きている。死ぬっていうことは、ふって表れて、ふって消えていく、嵐みたいなもんだと思う。だから正直に言って、死に対して恐怖なんてものはないし、みんなの態度にも納得いってない。」

そうか、春樹に対する違和感はこれだったのか。

「そっか、お前がいつものまんまでよかったよ。」

山の向こうの夕日が、もう少しで完全に落ちきる。そんな刹那が、僕にはとっても長く感じた。久しぶりに、赤から黒へ、世界の色が変わっていくのを感じた。


次の日から、春樹は学校に来なくなった。そもそも、春樹という存在はいたのだろうかと、不思議に思うくらいだ。春樹がいなくなった後の卒業式は、何の滞りもなく、すすめられた。


「なぁ、春樹、本当に死って言うのは、ふって表れて、ふって消えるものなんだな。改めて実感したよ。」

「そうだろ、結構あっさりしてるよな。」

「そういえばお前、覚えてるか?俺の好きだったゆづきちゃんのこと。」

「あぁ、覚えてるよ、残念だったな。中学生の夏ごろだったろ?」

「そうだ。まぁでも、そっからだ、お前と関わりができたのは。お前と過ごした中学生活、悪いもんじゃなかったぞ。」

「素直になれよ。俺は結局、死ななかったけど、死と縁のない人生も、案外たのしかったろう?」

「うん、そうだな。」

自分の人生を振り返ってみると、案外面白い。

「そういえば、俺には今な、二人の子供と、孫までいるんだ。結構長生きしたほうなんじゃないか?」

そう聞くと春樹はふっと笑った。

「俺に比べちゃ、まだまだなんじゃないか?」

「まぁ、それもそうか。」

なんだか急に、今まで生きてきたということが、とてもちっぽけなものに感じた。手の甲のあたりが、ほんのりと温かい。

「もう、いかなくちゃダメみたいだ。もう少し君と話していたかったよ。」

春樹はもうそこにはいなかった。

「君は本当にふっと表れてふっと消える変な奴だ。」


さようなら。



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「死」というものに鎮魂歌を 棚からぼたもち @tanabota-iikotoaruyo

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