ハロウィンの小さな魔女【辞書君とスマホちゃん番外編】

鐘古こよみ


「商店街でハロウィンやることになったんだけど」


 お母さんが何かを探るような声で言う。

 座卓で宿題をしていた私は、思わず顔を上げた。


「ハロウィン? この森角もりづの商店街で?」

「そう。この森角商店街で」

「すっかり寂れて、人の来なくなった?」

「いやあね、人は来るわよ。何しろ駅前ですからね。

 ただ、近くに大型ショッピングモールができると、やっぱり厳しいわよね」


 だからハロウィンなのだと、お母さんはため息交じりに説明してくれた。


 商店街を活気づけ、若い人に足を運んでもらうために、何かイベントをしようという話が持ち上がったこと。

 商工会青年部が実行役となって話し合った結果、ちょうど十月なので、急だけどハロウィンに乗っかろうとなったこと。


「へー。お菓子くれるの?」

「そりゃまあ、あげますけどね。ハロウィンって言えば、やっぱり仮装でしょ。ただお菓子配るだけじゃ何のイベントかわからないから、子供たちにちゃんと仮装して来てほしいのよ。それで、結衣の友達、誘ってみてくれないかなあって」


 なんとなく、そう来るんじゃないかという気はしていた。

 私は学校で仲良くしている友達の顔を思い浮かべる。

 えっちゃん、ひよりん、あーや、ゆんゆん。

 みんな川向こうのマンションとか、住宅街に住んでいる子たちだけど、五月に開催している子ども祭りの時には商店街まで遊びに来てくれる。


「わかんないけど、聞くだけ聞いてみる」

「ありがとねー、お願いねー」


 手を合わせてお母さんは、忙しそうに店の方へ戻ってしまった。


 うちはお祖父ちゃんの代から続く文房具屋で、お店の名前は<キリン文具店>だ。どうしてキリンなのかは、お母さんもはっきりとは知らなくて、友達に聞かれた時には、たぶん苗字が木村だから……と答えて納得してもらっている。


 密かに自慢なのは、学校で使うノートの残りページがもうなくて買わなくちゃいけない、と朝になってから気付いたとき、もっと早く言いなさいと怒られることがないこと。これは、誰に言っても絶対に羨ましがられるから、間違いない。


 でも、こういう商店街のイベントごとには宣伝をさせられたり、お父さんが配達でいなくてお母さんがレジをやっている時に電話が鳴ったら「出て」って頼まれたり、お店屋さんじゃない家の子はしないお手伝いも、結構多い。


 たまにため息が出ちゃうけど、電話で「承りました」とか「少々お待ちください」

なんて言える小学生、そんなにいないだろうと思うと、ま、いいかって気になる。


 それにしても、ハロウィンかあ。みんな、来てくれるかな。

 小学四年生になって仮装って、どうなんだろ。


     *


「え、ハロウィン? うっそー、行く行く!」

「習い事のハロウィンパーティーで着るやつがあってさ、お母さんが、一回しか使わないのもったいないってうるさいから、ちょうどいいかも」

「私、何も持ってないよー。そんな気合入れなくていい?」

「うちのマンションでも毎年、知り合い同士でやるんだよ、ハロウィン」


 昼休み。

 ほとんどの子が校庭へ飛び出した後、仲良しのメンバーで教卓を囲んでのお喋りが始まった時に、恐る恐る切り出してみた。

 そしたら、みんな意外なほど乗り気になって、仮装も嫌じゃないみたいだったから、ホッとした。私が知らないだけで、ハロウィンって結構やってるんだな。


 友達四人は全員参加すると言ってくれたから、いいとして。

 私は、教室の後ろで自分の席に残っている女の子に、ちらっと目をやった。

 実は、最初からずっと気になっていた。単に友達を遊びに誘っているわけじゃなくて、商店街のイベントの宣伝を頼まれているわけだから、絶対に話が聞こえているだろう香帆ちゃんにも、声をかけた方がいいんじゃないかって。


 香帆ちゃんはいつも、一人でいることが多い。いじめられているわけじゃなくて、塾や習い事に行っていないし、放課後に誰かと遊ぶこともないから、自然とそうなっている感じ。


 ハロウィンの宣伝をするにしても、良かったら来てね! と言うのと、一緒に行こう! と誘うのとでは、全然違う。私一人だけで行くわけじゃないから、勝手に誘うのも悪いし、でも誘わないのも変な感じだし、どうしようかなあ。


 悩んでいると、えっちゃんと目が合った。私が考えていることに気付いてくれたみたい。えっちゃんは小声で「誘ってもいいよ」と言って、それで他の三人も気が付いて、みんな頷いてくれた。勇気が出て、私は香帆ちゃんに話しかけた。


「ハロウィン、香帆ちゃんも一緒に行く? 再来週の土曜なんだけど」


 本を読んでいた香帆ちゃんは、すぐに「ううん」と首を横に振った。


「ごめんね、用事があって行けないの」

「そっかー」


 私は頷いた。香帆ちゃんがそう答えるだろうことは、なんとなくわかっていた。

 用事ってたぶん、弟の世話なんだろうな。


 清水香帆ちゃんは、四年生になってから初めて同じクラスになった子で、二学期になった今でもあまり話したことがないけれど、顔だけは前から知っていた。

 商店街に弟を連れて、よく買い物に来るからだ。

 

 きっと、商店街を抜けたところにある、古い方の住宅街に住んでるんだろう。

 片手でお総菜屋さんの袋をぶら下げて、もう片方の手で小さな弟の手を引いて、うちの店の前を通っていくのを、前はよく見かけた。


 最近は、道を挟んで反対側にある八百屋さんで、買い物をしているのをよく見かける。弟は泣いたり騒いだり、高そうな果物を欲しいと言ったり、地面にしゃがみ込んで動かなくなっちゃったりして、いつも大変そうだ。


「あの子、夕飯を自分で作ってるんだって」


 ある日お母さんが、そんな情報を仕入れてきた。


「ご両親が忙しいらしくて、弟くんの保育園のお迎えもしているんですって。感心だけど、ちょっと心配になっちゃったわ。結衣と同じ学年なんでしょう?」


 自分で夕飯作りをする小学生がいるなんて、本当かなあ。

 お使いしてるだけで、話を盛ってるんじゃない?


 とっさにそんな風に思ったけど、考えてみたら、弟のお迎えと夕飯の買い物だけでも十分に偉い。あんまり大げさに反応するのも面倒だったので、「ふーんすごいねー」と気のない返事をしたことを覚えている。


 私はお店屋さんの子だから、お祭りの時もただ遊ぶんじゃなくて、屋台でお金を受け取ったり、商品を渡す係とかするし、そうすると褒められることも多い。

 大人の手伝いをして、小学生にしては立派に頑張っているつもりだったから、上には上がいるんだと聞かされたようで、ちょっとつまらなかった。


 本人の知らないところでその人の話を聞くと、良くない秘密を抱えた気分になるのは、どうしてかな。

 香帆ちゃんは元々、大人びた雰囲気で話しかけづらかったけど、そんな話を聞いてからは、ますます私から話しかけられなくなった。


 だから、ハロウィンに行けないと聞いた時、密かに安心したのだけれど。


「結衣ちゃん、商店街のハロウィン、やっぱり私も行っていい?」


 数日後、急にそう言われて、私は焦った。


「えっ、い、いいけど、どうしたの急に?」

「土曜日って、いつもは弟の世話があるし、連れて行くと大変だから断ったの。

 でも、お母さんが仕事の休みを取ってくれて、だから」


 香帆ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに俯いた。

 やっぱり用事って、弟の世話だったんだ。

 一緒に行きたくて、お母さんに相談してくれたのかな。

 そう思うと、前より少し、香帆ちゃんが近くなった気がした。


「いいよ、一緒に行こう。みんなにも言っておくね」

「本当? 良かった」


 香帆ちゃんは顔を上げて、ありがとう、と笑った。

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