第19話 歳をとると思い出語りが多くなる

「そうだな、俺がシアくらいの時にはもうすでに旅に出ていた。シアのように立派な理由があったわけじゃなく、必要に駆られてだ。


 人族は魔族や魔族の色である黒持ちを嫌うことは知っているだろう。


 テッドたちから黒持ちがどういうふうに扱われるかは具体的に聞いたことがあるか?」



「いいえ、私が知る必要ないって教えてくれませんでした」



 あの子らは過保護だから、優しいシアがその話を聞いたら嫌な思いをすると思ったのだろう。


 それで教えなかったわけだ。



「でも知らないままは嫌です」



「なら俺の経験したことだけでも教えよう」




 俺のいた村はまだテッドたちと違い田舎の方だった。

 王都では貴族たちが黒持ちが視界に入るのを取り分け嫌がるため活発的に黒持ち狩を行っている。狩の中心は騎士や警備隊などだ。  

 村人は彼らと違って戦闘に特化しているわけでもないから、黒持ちの反撃を恐れ直接的に攻撃をしては来ない。それでも村の子供たちは石を投げて来たし、不快感を露わにした視線に良い気持ちはしなかった。


 なぜ老夫婦が俺を育ててくれたのかは分からない。生活水準は決して高くはなかった。それでも彼らからは確かに大切にされていることを感じられた。


 だがそんな老夫婦もまた黒持ちをよく思っていなかったことは、ある日村に来た旅人に対する態度で知った。


 訪れた旅人は黒持ちで、名をクルジュと言った。

 背は高かったが線が細く、髪は白髪にまだらに黒が混じっていた。不幸を煮詰めたような目をした男だった。


 村は当然訪れた黒持ちを歓迎はしなかった。そんな中でも老夫婦たちは違うと思っていたから、彼に対して嫌悪を露わにした言葉を聞いた時は本当に驚いた。


 それからは感謝はあるものの、ひっそりと老夫婦に対する疑心感は消えなかった。気まずさから俺は家いることが少なくなり、同じ黒持ちという仲間意識から旅人に話を聞きに行くことが多くなった。


 旅人は死に場所を探していると言った。


 魔族に恨みを抱いて長年仲間たちと魔族との戦いに明け暮れていたが、大きな戦いを終えた後残ったのは虚しさだったと語った。魔族を倒しても人々から忌み嫌われるのは変わらなく、結局どこにも誰にも受け入れられることはなかったと。そんな生活に疲れ果てたのだと締めくくり、彼は俺に問うた。


 僕と同じ黒持ちの君は一体どのようにこの先生きるんだい、と。


 俺は何も答えられなかった。まだこの世界のことを知らなかったから。現状に憤りを感じても、彼ほど絶望を味わってはいなかった。


 彼は俺の答えを待たずに、そのまま村から姿を消した。



 彼の言葉が自分が旅に出ることを決意したきっかけだったのかもしれない。

 彼の言う結局人に受け入れられることはなかったと言っていたのが俺の中で燻っていた。魔界を目指したのもその言葉の影響が大きかったのかもしれない。



 それからしばらく経って、後に師匠となる二人が近所へとやって来た。

 二人も最初は旅でこの村に訪れたのだった。村に長居をするつもりはなかったようだが、いつの間にか村に定住することを決めて近所に住むようになった。


 二人は旅人に続き俺と会話をしてくれる人であり、黒持ちじゃない相手としては老夫婦以外で初となった。


 魔法を使えることを知った時のことは、俺にとっては最悪な目にあったものの魔法が使えるようになれる機会を得た最高に運が良い日だった。


 その日は投げられた石がそこそこ大きいもので、運悪く頭にあたってしまったのだ。打ちどころが悪く頭からは血が出て大ケガを負った。

 とりあえず何とか手当てしないとと思い、ふらふらしながらも俺は手当のため家を目指した。


 通りかかったご近所の男の方が俺の血まみれの姿を見て大慌てで俺を抱え、男の家に連れて行った。

 家で待っていたであろう女性が予期せぬ人物が増えて驚いた様子だったが、俺の頭から流れる血を見て即座にベッドに寝かせるよう男に伝えた。


 その後だ。


 この世界に来て俺ははじめて魔法を見たのだ。


 血が出ている部分へと女が手をかざすとそこから淡い光があふれ出し、ずきずきと響くような痛みがあっという間に消えさった。


 呆気に取られた俺に女は優しく微笑んだ。


 それから二人が自己紹介をして、男の名前がジーンで女の名前がアンジェであることを知った。


 二人の師匠との付き合いはこうして始まった。




「シアの髪はアンジェさん、瞳の色はジーンさんから貰ったものだな」


 アンジェさんは白髪に澄んだ青い瞳で、ジーンさんは眩い金髪に明るい黄金色の瞳。


 黒髪黒眼の俺からしたら、二人は色からして眩しい憧れの存在だった。


「少し癖っ毛のところはジーンさんのももらっているかな。


 性格は、二人とも真っ直ぐで心が美しい人たちであった。シアも二人のそんな部分を受け継いだんだろう」


「私は両親のこと何にも覚えていません。


 だけど、二人からちゃんと大事なものを貰っていたんですね」


「そうだな、本当に二人に似ている。一度懐に入れた者には優しいところだとか、急に突拍子もないことを言いだしたり行動力があるところもな。


 急に旅に出ると言い出したのは驚いたが、そういうところは二人によく似ている。

 俺も二人の急な思いつきにしょっちゅう振り回されていた」




 魔法が使えるのはアンジェさんだけではなくジーンさんもだった。


 魔法を使える人族は珍しいのに、二人ともということで、この辺鄙な村に移り住んで来たことも含めて訳ありなんだろうことは察せられた。


 二人は俺を受け入れてくれたが、俺が前世の記憶を持っていることで、たまにこの世界にはないことを言ったりしても特に深く聞いてきたりはしなかった。だから俺も二人の事情を深く聞こうと思ったことはない。


 何を抱えていようと師匠たちが俺の憧れで、優しい人たちであることに変わりはなかったからだ。


 アンジェさんは治癒や防御、サポートの魔法に特化していて、ジーンさんは攻撃や生活魔法に特出していた。

 二人からそれぞれ教えてもらい、俺は人族の、しかもあんな辺鄙な場所にしてはかなりの高水準な魔法教育を受けることができた。


 旅に出た後は余計に師匠たちの凄さがよく分かった。人族より魔法のレベルが高い魔界においても二人から教わったものが通用したどころか上回るものであったからだ。



 だからこそ二人の訳ありなんだろうという予測がさらに強まったし、その訳ももしかしたら俺が思う以上のものを抱えていたかもしれない。


 たまに思い返すことがあるのだ。


 もう二度と師匠たちと会えない今となったら、もし俺が二人の事情に踏み込んでいたらどう変わっていたのだろうかと。

 シアを引き取った後、俺は二人のことを詳しくは知らないし、遺品や思い出にまつわるものは何も持っていないことに気がついた。

 村にあるものは全てなくなってしまった。

 だから二人に関するものはそれこそ二人が村に来る前のものしか残っていない。


 俺も村を出るときにあの村には何も残してこなかった。そもそも残せるようなものもなかったのだが。



 あの国を出てここに来た俺がシアを引き取り、ここで育ったシアがあの国に行くというのに、俺は運命めいたものを感じるのだった。

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