はじめてのおつかい編

第18話 可愛い子には旅をさせよ

 夕暮れのちょうど仕事もひと段落したくらいの時間。外から元気な娘の声が聞こえて来た。


「シア様~! お待ちくださ~い!」


「父様のとこに早く行きたいの!」


 俺が親の自覚を持って決意した日から月日が経ち、シアも成長して現在はお転婆娘へと育った。


 俺の部下たちみんなに可愛がられており、中でもファルルの子たちや冥闇の森で拾った人族の子たちが特にシアを可愛がっている。

 あの子たちにしたら全員大人ばかりの城内で、シアは自分よりも下で歳が離れているからか、末っ子として大事に大事にされている。今や俺以上に過保護なモンペと化している状態だ。



 シアが元気よくかけて来て俺に飛びついて来たので俺はしっかりと抱き止める。



 もう15歳となるのにまだこうして甘えて来てくれるのは嬉しいことだ。



「父様!! お願いがあるのです! 聞いてください!」


「ほう、シアがおねだりなんて珍しいな。何でも聞いてあげようじゃないか」


「でも内緒のお話なんです!」


「分かった。


 ファルル、今日はもう下がっていいぞ」


 シアを懸命に追いかけて来たファルルには問題ないとだけ伝え、下がらせる。


「さて、どんなお願いだ?」


 シアは良い子に育ち、俺の自慢の娘である。親バカと言われようとも娘のおねだりは全力で叶えたいものだ。



「聞いてくれるんですか?」


「ああ、俺がシアの望みを叶えてあげよう。


 遠慮せずに言ってごらん」



 シアは良い子だから無茶振りをしない。それが分かっているからこそ俺もこうしてカッコつけたことを言える。



 今までのおねだりも、庭で遊ぶうちに植物に興味を持ったので庭師に学んで自分も育ててみたいだとか、ペットを飼ってみたいので生き物に詳しい俺の部下に相談したいなど、可愛らしいことばかりだ。

 今までの傾向からシアは植物や動物などを育てるのに興味を示すことが多いので、今度は何かまた別の生き物を飼いたいとかだろうかと予想を立てる。



「私も父様のように旅をしてみたいです!」


「!」



 恐れていたことがとうとう起こってしまった...。


 シアがついに父親離れを言い出すとは、この世に救いはないのか...。



「父様は私よりももっと小さい時に旅に出たと言っていましたよね?

 私も父様みたいに冒険して色んなものを見て知識を増やし、もっともっと父様の役に立ちたいのです。

 そして自慢の父様の娘として誰に対しても誇れる娘になりたく思います」


「シアは今でも十分自慢の娘だ」


「今のままじゃ私はこの城のことしか知りません。


 もちろん本を読んだりエイブラムさんやチェスターさん、その他にも父様の配下の人たちに色んな話を聞いたり、教えてもらったりしました。

 だからこそ自分が余計に無知だあると自覚したのです」



 可愛い子には旅をさせよとはよく言ったものだ。


 正直言って自分の目の届かないところへ送り出すのは気が気じゃない。そうしていつの間にか俺はシアをこの城に閉じ込めてしまっていたんだな。

 そんなつもりはなかったと言っても、事実シアはこの城から出たことがないのだし、このままずっと同じようにはいかない。


 いつかくるべき時が今来たというだけだ。



「そうか...シアも色々と考える歳になったのだな。

 その成長が嬉しくもあり、寂しくもあるよ......。


 親としてシアのやりたいことを邪魔するわけにはいかないからな。全力で応援しよう」


「ありがとう父様!」



「だがやはり寂しいものだな......」


「私も、言ってみたもののやっぱり寂しいので、そんなに長くしないで帰ってくるかもしれません」


「その時はシアの好物をたくさん用意して待っているとしよう。そしてたシアが冒険で得た話を聞かせてくれ」


「もちろんです!」



 立派に育ってくれた娘をもう一度抱きしめる。


 子離れできていないのは俺の方だな。



「それでいつ頃出立する予定なんだ?」


「出立はちゃんと準備してから行こうと思うのでニ週間後くらいを予定してます」


「確かに。みんなの準備もあるだろうからな」


「みんな? 


 いえ、旅に出るのは私だけですよ?」


「なに?!


 それはあの五人が許すのか!?」



 城の中でもシアに交代で必ず一人は引っ付いているのを見かける。

 そんな五人がシアを一人で行かすなんてことあり得ないのだ。



「だからこっそり旅立つんです。


こうして父様にお願いしに来たのも、ちゃんと父様だけの時を狙って来ましたし」



 確かにシアの言うとおり、珍しくシアが一人でここに来た。


 旅に出ると聞いて驚いたがあっさり許可を出したのはあの五人がシアを一人にするわけがないと思い込んでいたからだったのだが。

 旅の許可をすでに出してしまったため今更却下はできない。



「だが、本当に大丈夫か?


 学ぶために旅をするのはいいが、やはりシアはここの外に出るのがはじめてだろう?


 最初は皆との方が良いのでは」



「それだとみんな過保護なので私何もしないままで旅が終わっちゃいます!


 あと、私が目指す場所は人族の国なので一人で行く方が良いと思います」


「なに!? あそこに行くのか!!」


「そうです。


 アーキスとマーシェはクォーターとは言え魔族の血が入っていますし、テッドたちは嫌な思い出があると言ってました。

 みんなが来たら絶対嫌な思いをさせてしまいます。


 あの国は魔族や黒持ちに対して厳しいのでしょう?


 それでもきっとみんな優しいから嫌なもの我慢してでも、私を守ろうと着いて来ると思うので内緒なんです。


 私一人なら簡単に紛れ込めますし!」


 

 確かにシア以外が人族の国へ行ったら間違いなく迫害はされる。


 黒持ちの三人はハミルトの訓練に毎日参加しているおかげで強くなり、今なら黙って迫害され続けるようなことはしないが余分なトラブルは起こさないでおくに越したことはない。



「だがそれなら人族の国以外に行けば良いのではないのか?


 そうしたら皆で行けるだろうに」



「私の旅の目的は父様の役に立つことなので人族の国に行くのは変えられません。


 人族の国に行くのは私だからこそできる役に立ち方なんです。なかなか行きづらい人族の国に直接行って情報収集できるのですから。」



 俺はシアがのびのび育ってくれれば十分すぎるくらい嬉しいのだが、気持ちはありがたく受け取っておこう。


 今は災害の影響で俺や師匠の住んでた村は見る影もないが、シアの生まれた国だ。自分の生まれた場所に惹かれるものでもあるのかもしれない。



「それなら、せっかくだ。自分の生まれた場所を見に行くのも良いかもしれんな。

 今は地図から無くなってしまったが、シアの生まれた村で俺の育った村だ。その村があった場所を知っておくといい」



 師匠たちの遺品でも残っていれば良かったのだが、シアには師匠たちの形見の品となるようなものが一つもない。


 これは俺のせめてもの思い出作りというわけだ。


 師匠たちにもシアが立派に成長した姿を見せてあげたかったという俺の自己満である。




「では村の位置を教えよう。


 シアの産みの親、俺の師匠についての話もよかったらな」


「ぜひ!」


 シアの頭を撫でて何から話そうかと過去の思い出を振り返るのだった。

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