第15話 託児所は安心のおけるところに

 中庭は城の裏側に位置しており、ドーム一個分くらいの広さがある。模擬試験で魔法の撃ち合いをするに十分な広さだ。


 ハミルトの訓練はこの城の裏庭で定期的に行われている。


 新人教育は長い目で見れば先への有力な人材確保のための投資である。

 俺はもちろんのこと、特にチェスターが力を入れて取り決めたものでもあるのだ。


 部下の能力を上げるため行なっていることだが、新人たちの中にはなぜわざわざそんなことをするのかと不満の声を持つ者もいる。

 魔族には自分の強さに対し自信を持っている者が多いため、訓練に参加しろというのは自分の力量を疑われたように感じてしまうのだろう。

 だが新人たちも数日すれば真剣に訓練に取り組むことになる。


 訓練が、自分を今以上に強くなるために欠かせないものだと知ることになるからだ。




 こうして魔法を教えたり、誰かを鍛えるというのは旅の仲間たちとの会話での齟齬からはじまった。


 魔族は人族より多くの魔力を持ち、魔力との親和性も高い。

 そのためか俺が師匠より教わったような魔法の規則を見つけ出し、理論的に魔力をコントロールする人族の魔法の扱い方とは異なり、何となくで扱っている者が多いことに気がついたのだ。

 緻密な魔力コントロールができていない分魔力の流れに無駄が多いが、魔族の魔力量の多さから大して支障はなく、改善しようという魔族はいなかったようだ。

 魔族に魔法学というそもそもの概念がなかった。


 魔族の中で魔力コントロールに秀でているのは、カインのように天才的な感覚を持って魔力コントロールをものにする者や、チェスターやハミルトのように戦闘経験から法則を見つけ出し自力で効率化していく者であり、それですら俺には他の魔族と比べると大分マシというレベルであった。


 そこから俺が皆に教え、彼らの戦闘力はもともと十分な強さがあったところからさらに飛躍することとなった。


 そしてその有用性に気づいたチェスターがこうして新人教育として組み込んだというわけだ。


 チェスターは教わった魔法学をさらに自分のものにしてエイブラムと新しい理論を構築しているし、カインはそもそも感覚的すぎて他人に教えるのに向いていない。


 適材適所ということで、教えるのは基本に忠実で基礎が一番しっかりとできていたハミルトに任せられた。


 ハミルトが主に教えているが、模擬試験としてカインも一応訓練に加わってはいる。

 カインはカインで教えることは向いていないが、相手の弱点や隙を見抜くことが得意なので、自分の苦手なところを見つけるためには最適な訓練相手だ。


 戦ったことのある俺からするとカインは本当に嫌なところを突いてくるので、新人たちには是非とも頑張って欲しい。




「ハミルトはいるか?」


 俺はハミルトの姿を探す。


 裏庭では新人たちが並んで魔力コントロールの特訓を行なっていた。

 その奥では二人一組ペアとなって模擬戦を行なっている。

 新人のレベルに合わせてグループ分けは済ませているようだ。


 ハミルトやカインはその中を見て周り、気になる点があれば指摘している。



 あ、ハミルトがこちらに気付いたな。


 カインは飽きたのか、そこそこ魔力コントロールが上手くできていた新人を引っ掴んで空いた場所へと引きずって行った。



「俺に何か用でもありましたか?


 こちらまで出向かなくても、呼んでくれればこちらから行きましたのに」


 カインほどではないが、ハミルトもまた体格はいい方だ。

 貴族然とした気品を感じる佇まいで、訓練中で身体を動かしているにも関わらず詰襟の一番上までかっちりと着込んでいる。


 遠くに見える第二ボタンどころか前が全開のカインとは大違いだ。


 まあ、カインは訓練中だからとかではなく常日頃から全開なのだが。

 


「息抜きくらいさせろ。


 久しぶりにお前の顔を見ておこうと思ったのと、訓練に混ぜて欲しい者たちがいるのでな。


 よろしく頼むと言いに来た」


「ゼノ様がわざわざ言いに来る相手とは、新しく来たシア様の乳母の子たちのことでしょうか?」


「ああ、察しがいいな。


 それに加え人族の子供三人だ」


「それは少々危険では?


 その人族がこちらを裏切るかもしれません。力を与えさせるにはあまりよくない相手かと。


 人族の魔族嫌いは想像以上に根強いので」


「そうだな。それは俺もよく知っている。


 だが、その三人は全員黒持ちだ。黒持ちが虐げられる原因となった魔族に逆恨みをしていれば話は別だが、人族からの迫害を受け続けた今、過去の俺と同じように自分を受け入れてくれる魔界を気にいるだろうよ」



 あの三人が裏切ることは考えていなかった。


 だがハミルトにその可能性を指摘された上でも、あの子達が裏切ってまで得られるものは何もないことを知っているから心配はいらないと思うのだ。



「ゼノ様がそうおっしゃるなら、俺も受け入れることにします」


「ああ、ハミルトなら任せられるよ」


「それは俺が人族の...




 いえ、何でもありません」


「この後しばらくしたら来るだろう。

 それではよろしく頼むぞ」


「はい」



 遠くでカインが新人を吹き飛ばしている姿が見えた。

 自分でやったというのに、心配もせずに飛んで行った新人を指差して面白おかしそうにゲラゲラ笑っている。


 さっそく新人たちはカインの洗礼を受けたようだ。


 飽きるとすぐに絡んで吹っ飛ばすからな。

 吹っ飛ばされないようには強くなるしかない。


 これで彼らはより一層真剣に特訓へ取り組むようになるだろう。




 ほんとうに、子供たちをくれぐれもよろしく頼むぞ、ハミルト。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る