第9話 客観的に自分を見るのは難しい

 せっかくチェスターが休む時間をくれたというのに、読書で思わぬ追い討ちをかけられた俺は疲労困憊ながらも食堂前にやってきた。


 食堂前の扉には案内が終わったのであろうチェスターとファルルたちがいた。


「ゼノ様もちょうど来られましたし、一緒に参りましょうか」


「そうだな。どうやらちょうどいい時に来れたようで良かった」



 チェスターが扉を開け、その後に続く。


 大きな扉が開けるとそこは巨大なホールと見間違うほどの大広間だ。


 イメージとしては魔法学校の食堂に近いだろう。



「こちらが食堂です。


 今回は一同集合と人数も多いためビュッフェ形式とさせていただきました。


 普段は日替わりのメニューの中から各自食べたいものを選んでコックに注文する形となります。

 出てきた食事は食堂内の好きな席で取るか、室内に持ち帰って取ることも可能です。


 それではこちらへどうぞ」



 広間の奥の少し高くなった場所へと行く途中で、俺たちに気がついた部下たちがソワソワとしだす。

 それでも声をかけてこないのはチェスターの教育が行き届いている証拠だ。


 だが、声をこちらにかけてはこなくても、あちこちでこちらにいるファルルの話で盛り上がっている声が聞こえてくる。



「わ! あれがゼノ様のお子を任される新しい仲間か?」

「きっとそーだぜ!!」

「女だ!」

「しかも可愛い!」

「でも子持ちで人妻だぜ?」

「それでもいい」

「むしろいい」


 ......最後の声の主は後で呼び出しだな。厳重注意だ。



「......すごい、みなさん元気ですね...」


 ほらあ! 


 みんながあんまり騒ぐからファルルさんが少し引き気味じゃないか。


「ええ。


 求人用紙にも記載されていたかと思いますが、明るく賑やかな職場です」


「まぁ......確かに」


 チェスターのものは言いようとしかないセリフに苦笑いしか出ない。


 しれっと言ってのけてはいるが、おそらくチェスター自身微塵もそんなこと思っていないだろう。


 部下たちが主にやらかした修理や被害報告の書類が増えると、たまに「脳筋どもめ...」って呟いているの知っているぞ。



 チェスターの言葉に即納得してしまうファルルは騙されやすそうだ。

 ミリアも言っていたように彼女のどこかふんわりした様子もあって、放っておくと不安な人物だな。



 これだけの人数が集まりながらも注目が俺たちに集まっているのが分かる。


 向かう先の人垣が当然の如く分けられ、道を行く足取りは一回も留まらず奥へと到着した。


 段を上り振り返ると、この大広間いっぱいに集まった者たちで視界は埋め尽くされた。

 部下の数は把握していても、こうやって目視で見るとその数の多さに圧倒されるものだ。


 たった一人で旅立った時の俺には考えられない光景だった。



「今日はよく集まってくれた。皆忙しいだろうに礼を言おう。


 今日集まってくれたのは他でもない、新しい仲間を紹介するためだ。


 ファルル、アーキス、マーシュこっちへ」


 段の脇にチェスターと共に控えていた三人を呼び寄せる。


 子供たちも含め僅かに緊張しているようだが、背筋はしっかりと伸びている。

 問題はないようだ。



「では自己紹介を」


「はじめまして。ファルルと言います。


 ああああ様の乳母を務めさせていただくのでよろしくお願いします。


 本日より隣にいる子供たち、上からアーキスとマーシュ、そして今はここにはいませんが、まだ赤ん坊のルーカスと共にこちらに住むことになりました。

 これからお世話になります」


「はじめましてアーキスです。よろしくお願いします」


「おれマーシュ! よろしく、です!!」



 マーシュの挨拶にとってつけたように"です"が付いていることに密かに笑う。



「紹介にあったように、ファルルには俺の子を任せることになる。

 城内で彼女や子供たちが不便しているようであれば、皆助けてやって欲しい。


 では、本日集まってもらった者の中でも初めて顔を合わせる者もいることだろう。


 後は各自食事や会話を楽しんでくれ」


 会場の中には普段城内で見ない面子もいるため、交流を深めるにはいい機会だ。


「ファルルたちも後は好きにしてもいいが、あの中に入っていくのも難しいだろう。

 慣れないようであれば食事をこちらに持ってこよう」


「お気遣いありがとうございます。


 ですが早めに皆さんの顔を覚えておきたいので会場内を回ってみようかと思います」


「あの、自分もゼノ様の下にカイン様がいると聞いて、よかったらお会いしてみたいので」


 意外というべきか、大人しそうなファルルとアーキスが社交的であったことに驚く。


 まあ、早く慣れてもらうにはいいことだ。


「マーシュも! マーシュも会いたい!」


「そうか。


 ではチェスター、二人をカインの元へ連れて行ってやってくれ。


 その後はお前も今日の食事をちゃんと楽しむんだぞ」


「ええ、承りました」



 各々集まりの中へと消えて行ったのを見送り俺は一息つく。



 それにしてもカインか。


 アーキスの様子からすると、カインへは憧れを抱いているようだ。


 片方は気絶していたとはいえ実はすでに会っているんだが、もしやアーキスとマーシュは俺が担いでいたのがカインだと気づいていなかったのだろうか。


 本物を知って幻滅しないといいのだが。



 若干失礼なことを思いつつ、側に置いてあるワインを流し込む。


 サイドテーブルに置かれているのは全てチェスターが用意したものだ。



 ワインは赤の辛口。

 ツマミは塩気が強めで魚貝系が多い。

 メインは肉などを中心にしてシーザーサラダが添えられている。



 全部俺の好物であることは偶然なのだろうか。


 長年の付き合いだということを考慮しても、自分のことを知られすぎているような気がする。



 もしかして俺はけっこう分かりやすいタイプだったりするのか?


 顔に出やすいのかもしれない。



 そう考えながら持ったワイングラスに自分の顔が反射する。


 そこには不味いものか嫌いなものでも食べたのかと言いたいくらいの仏頂面をした顔が映っていた。

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