転生魔王は勇者ああああを子育て中
リリリリリム
第1話 独身街道を突っ走っていた俺がこの世界で子育てするなんて夢にも思うわけがない
俺がこの世界で前世である不破統(ふわすばる)の記憶を思い出したのは、投げつけられた石が頭に当たった衝撃からだった。
前世と変わらない黒髪黒目の色彩は、この世界では魔に通じるものとして忌み嫌われる対象らしい。子供だからといって容赦はなく、大人は蔑みの言葉と視線を、同い年の子供たちは俺を虐めの対象としていた。
この世界での俺には物心ついた頃から産みの親はおらず、俺を育ててくれた心優しい老夫婦が俺の親だった。記憶が戻る前までの俺は自分が捨てられたことを認めずに老夫婦に反抗ばかりしていたが、前世を思い出して精神年齢が大人になってからはこの容姿だからきっと捨てられたのだろうと、冷静に考えることができた。
それから俺は今までの反省と感謝を込めて育ての親に恩返しをしつつ、村で老夫婦以外に俺を差別しない、駆け落ちでこの村へ来たというご近所さんのところへ入り浸り、魔法を教えて貰ったのだ。
とにかく俺は力が欲しかった。仕返しとかよりも精神年齢が大人になった俺は冷静に将来を見据えた結果、まともな職にありつくのはこの色彩では不可能という結論に達し、それならば実力主義の世界で力を持って生き残るしかないと考えたからだ。
この世界には魔法があった。だがそれは誰もが扱えるものでもない。魔法には属性があり、それぞれの属性に適した能力を持つ者が、魔法の扱い方の知識を有してコントロールすることができてはじめて使うことができるものであったからだ。
扱えるものが少ない上に魔法が使えるものは皆、自分だけの能力として力を誇示するため、独占しようと他人に教えるのを嫌がるのが常であった。
そんな中でご近所さんは珍しい魔法を扱えるものでありながら、忌子であった俺に魔法を教えてくれるという非常に稀有な存在であったということを、俺は旅に出て見聞を広めてから知ったのだ。
そうして懐かしのご近所さん改めて俺の大恩人兼師匠たちから、俺が旅に出てから初めての手紙が送られてきて今にいたる。
ーーこの手紙が届く頃私たちはこの世にはいないのでしょう。あなたなら私たちの子を安心して任せられると思い、いきなりで無理を承知の上でお願いします。ーー
先日、配下の一人から俺の故郷が災害に遭い、地図上より消えたとの報告があったことを思い出す。
育ての親である老夫婦はとっくに他界しており、残る気がかりである師匠たちなら大丈夫だと、油断していた自分を悔やんだ。
脳内に蘇るのは主に補助魔法や回復魔法、生活魔法などを教えてくれた師匠の声。
俺が村の子供たちに虐められてケガをしたとき、優しく頭を撫でてくれたのを覚えている。前世の記憶もあって、気恥ずかしく思ったものだ。
回復魔法は当時無知であった俺でも分かるほどのレベルの高さであり、今だに到達できていない目指すべき目標である。
感傷に浸っている場合ではないな、と視線を再び手紙へと戻す。
ーー子どもの名前は昔あなたが教えてくれた伝説の偉人よりあやかって、ああああと名づけました。私たちの分までたくさん可愛がってあげてください。どうか我が子を頼みます。ーー
赤ん坊の名前の箇所で手紙を引き裂きたくなる手を必死に抑えた。
赤ん坊の鳴き声をBGMに急に頭を抱えた俺に困惑する部下たち。
「あの...、その手紙に何かご不快なことでも書かれていたのでしょうか?」
すまないが、しばらく待ってくれ!今の俺はとんでもない過ちを犯してしまったことへの後悔でいっぱいなんだ!!
確かに言った!言ったさ!
でもそれが子どもに名づけると誰が思うか!
これが文化の違いってやつか?!
修行中に師匠がぽつりとこの世界での勇者の話をしたことがあった。そのとき俺は勇者が実在したことに驚いてぽつりと言ったんだ、俺が知ってる勇者って言えばああああって名前だ、と。
叶うのなら、過去の俺の口を塞ぐか師匠たちが名付ける瞬間に立ち会いたい。
この世界で生きてきて一番の後悔に入るかもしれない。
「......とりあえず、その子は俺が引き取り育てる。今日から俺の子だと周囲にも伝えておけ。間違っても人族の子だからと部下に我が子を傷つけられても困るからな」
俺のすぐ側に控えていた部下のチェスターにそう告げる。旅に出てから最初にできた仲間であり、今は一番信頼のおける部下である。
俺の部下に人族はいない。チェスターも人族ではなく魔族である。
チェスターに限らず人族以外の種族は少なからず人族に迫害された過去を持っていたりなどで、あまり人族にいい思いをしていないものが多いのだ。
「我が名において命ずる。俺の恩人であり師匠の子である、ああああを本日より我が子とする。この子に傷をつけることは俺の名に傷をつけるのと同意。命に反したものは俺に背くものとして処分する」
「ゼノ様の仰せのままに。我らゼノ様の配下一同、人族の子を受け入れることを総意として、ゼノ様の御子を歓迎いたしましょう」
「ああ、任せたぞチェスター」
この子の安全の確保はこれでひとまず安心かな。
次に赤ん坊の生活に必要なものを確保と、子育てに関する知識を得なくては話にならない。
何せ俺は前世と今世合わせて赤ん坊に触れ合う機会など一切なかったのだから!
前世では独身のまま死んだし、今世でも独身。
そんな俺が、赤ん坊を育てることになるなんて思うわけがないだろう!?
ちなみに赤ん坊は抱っこしようとしたが、あまりの流動体ぶりに驚愕してそっとベッドの上に戻した。
今は泣き疲れてベッドの上ですやすやと眠っている。
ああ、まず何からすればいいのか、全く分からない...。
とりあえず俺は異世界通販で上位10位の子育て本を購入した。
明日の午前中には届くらしいので、それまで何事もなく過ごせますようにと願ったのだった。
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