派遣勇者 -brave company-
杉花粉
第0章 勇者と魔王
第1話 唯一人の勇者
赤き太陽が天に昇り地には命の気配が無くただ風鳴りの声だけが木霊する。
重厚な大鎧を身に纏い、人を重ねても優に超えるほどの巨剣を携えてその者は瓦礫の上に立つ。
対するは白銀の装甲に魔力の籠る宝石を散りばめた男。
腰に付ける剣はそれ以上の存在感を放っていたが、色彩は灰を塗したかの様に燻んでいた。
「全ては死に絶えた。人も精霊も、そして獣や草木に至るまで丁寧に狩り尽くした。……なのにどうして貴様はそこに立つのだ」
心の臓に触れる様な、そんな怖気立つ声色のままに大鎧の者が口にする。
兜の奥に垣間見える紫色の瞳が輝く。
「……」
問われた者は口を開かなかった。
唯鋭い視線を向けている。
「最早守る者も無く、唯一人我に相対する貴様の道理が理解出来ない。ここでの勝ち負けが何を左右するのか。我提案を受け入れよ。共に魔神の眷属となるのだ」
そう言って鋭く分厚い爪の腕が伸びた。
手を取れ。そう言わんとする行動に対し、残る赤光に白銀を煌めかせながら剣を引き抜いた。
錆、腐りかけているその刀身を真横に構え、最後の輝きと言わんばかりに追随する。
「断る」
一刀にて言葉を断ち切る。
たとえ最後の一人であろうとも魔王に与する事は無い。
勇者はかく、そうあるのだ。
「何故だ? たとえ万が一我を降したとして、待っているのは伽藍堂。……これは慈悲だ。そんな世界に操を立て朽ちる貴様は忍びない」
声色に憐憫が宿っていた。
魔王の術中に嵌り、戻って来た時には遅く全ての生命は遍く消え去っていた。
勇者を説く者も、在り方を示す物も全てが水泡に帰した。
その役割は潰えたのだ。
でも、しかし……。
勇者は砂の地に剣を突き立てる。
「私は、確かに負けた。お前の掌で弄ばれた命を守り切る事が出来なかった。……でもそれは使命を放棄するに値するものじゃない。待つ者も並び立つ者が居なくとも、勇者は此処に居る。そう選んでくれた人達が居る。だから……その先に静寂が待っていようと、称号の名に賭けてお前を倒す」
大事なのは記憶だ。そう有れかしと望まれ託されて来た希望は潰えない。
残る物が無いとしても確かにあるのだ。この胸の内に。
目に見えず、それでも信じ続けた力である。
決意は何一つ揺らがない。
「全く不合理だな。意思は変わらぬか」
「くどい」
剣を中段に構え、持ち手を強く握る。
何一つ守る事は出来なかった。だが、それでも。
紡がれて来た様々が勇者の背中を支えるのだ。
「ならば、もう言わん。……来い! 最後の生命、勇者よ! 光の墓碑を最後に、この世界へ引導を告げる!」
熊であっても撫で切れそうなその凶器を振り回し、暗黒の障気が辺りに立ち込めた。
生命を吸い尽くし根絶やしたそれは嘲笑うかの如く勇者を包囲し最後の生命に這う。
「勇ましき者とは、自らの掲げる正義に邁進し、朽ちぬ心を持って、暖かな光を分け与える。……勝負だ魔王! 散って行った者達への安寧に、お前の命を捧げる!」
鎧の宝石が光り輝くと途端にそれが霧散する。
そして突き抜ける閃光が跡を引いた。
目標はただ一つ。
勇者の突貫を魔王は巨剣で受けると、その善悪の衝撃は世界を揺らした。
「ハハハ! 随分と見窄らしい力よ。生命力の枯渇したこの世界では棒切れにも等しいわ!」
受けた剣を安易と弾き、そのまま命を断たんと上段から振り下ろされる。
聖剣フォーレリア。女神の名を冠するその剣は魔王の優勢に際してその力は陰た。
最後の生命、そして勇者の力があって辛うじてその刀身を維持出来る程だった。
聖剣足らしめる聖気を持たないその鈍で、落ちる巨剣に鍔迫る。
軋む悲鳴と痛々しくも剥がれ落ちる錆が限界を物語った。
「くッ……それでも! まだ、私がいる!」
聖剣と私の体を呼応させ、その破損を希釈させる。
勇者の纏う光輝が聖剣に浸透し、また聖剣の澱んだ力も勇者の全身に広がった。
その激痛に歯を食いしばる。
骨や肉の錆びる感覚。血の腐りが一瞬足元を疎かにした。
それに片膝を落として耐える。
「命を焚べるか。焼け石に水だと分からぬ訳ではあるまいに」
「ハァッ!」
力のままに巨剣を押し返し、一撃を斜めに、二撃を横一文字に振り連撃を縦横無尽に浴びせた。
大鎧の繋ぎ目の奥は生身だ。そこを滑らせれば。
だがその狙いも虚しく急所は的確に巨剣で塞がれ、鎧が弾き伝う腕には稲妻が疾る。
切れ味と力の回復を成した聖剣であったが、生身に受けた負荷は仕手の力量を低下させていた。
「……どのくらい保つのだろうな」
飽いたと言わんばかりに力無く吐き出した。
そして防戦でいた魔王の動きが突如変わる。
勇者はその機微に気付いて剣を手前に返すが、間を置かずに横へ薙いだ巨剣が襲いかかった。
この一撃は受けるべきで無い。
鈍重な両の足を捻り上げ、宙を舞いそれを往なした。
そして峰に乗り上げ左手を聖剣に翳す。
ここだ!。
「天聖剣戟。コールオブライト!」
眩い程の光量が聖剣を包み込んだ。
物質化した聖気は白色の熱量へと変わり、一時的にではあるが正しくその力を取り戻す。
その爆発的な力を首元に叩き付け、輝くままに後方に身を滑らせる。
裂いた感触は指先が感じ取った。
鎧ごと断ち切れた筈。
残留光子が段々と元の色へと返り、その姿を覗かせていく。
「魔王とは」
声が響いた。
この一撃でさえ通用しないのか。
冷や汗が一つ頬を伝った。
「天聖堅牢。ルークオブライト」
この術は宝石に宿る聖気を極端に消耗させる。
極力使いたくは無かったが、それでも増大して行く闇の魔力と障気を仰ぎ見て決断する。
出し惜しみをして防ぎ切れる類の力では無い。
石化した光が鎧を覆い隠し、受け切る体勢を取るとまた一段魔王の力が増した。
「……余力を隠さぬものよ」
霧散しかけの聖気を弾き飛ばし現れた魔の獣。
砕いた兜が落ち見せたその姿は悪魔をも彷彿とさせる。
盛り上がる全身は大鎧が弾け飛ばん程に質量を増し、背中と腰から生える黒々とした羽は生き生きと羽ばたかせた。
上下の羽の間に浮かぶ紫の光球が呪詛を焼く様に空間を屈折させ勇者を見据える。
「さぁ、勇者よ。貴様の全力を見せてみろ」
荒れ狂う悪性の暴風が勇者の肌を撫でる。
力量差は歴然。
その現実に、例えどれ程の絶望をしようとも……。
「勇者とは……」
口が思わず開いた。
そして突然、肩を叩かれる感触が襲う。
「勇者とは死ぬまで絶対に諦めない。だろ?」
白色のリボルバーを両手に据えた軽装のガンマンが隣に立っていた。
ニヒルな笑みを勇者に向けて。
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