15作品目「ショートショート 吸音装置」
連坂唯音
ショートショート 吸音装置
隣の部屋からギターの騒がしい音が聞える。壁の薄いアパートだからよく響く。田中は耳をふさぎ、がまんならなくなった。
「ああ、うるさい。となりのやつめ、なんど注意すればいいんだ。もうあいつにやめるように言ったって無駄なんだ。しょうがない、博士のところへいってなんとかしてもらおう」
田中は博士の屋敷へ向かった。博士は機械が得意で、いろんな発明品をつくっているのだ。博士に金さえ払えば、どんなものでも作ってもらえる。
田中は言った。
「博士、となりに住んでいるやつが毎夜毎夜うるさいんだ。なんかいい装置はないかい? 金はたんまりはらうよ」
博士はうーんとうなって、
「吸音装置をつくってあげよう。これは周囲の音を吸収して音を消すことができる装置なんだ」
「よろしくたのんだよ。いつ完成する?」
「あと小一時間あれば作れるよ。少し待ってておくれ」
装置が完成し、田中はアパートに帰って、さっそく装置を起動した。さっきまでうるさかった隣人の騒音はとつぜんやんだ。隣人はギターから音がでないから、楽器が壊れたんじゃないかとうろたえているだろう、田中はそう思ってにやけた。田中はその日、ぐっすり眠ることができた。
翌朝、アパートの近くからガンガン鳴り響く舗装機械の音で田中は目を覚ます。「道路の舗装工事って今日か。うるさいな。今日は休日だってのに」
田中は愚痴を言って、カーテンをぴっちり閉めた。騒音の大きさは変わらない。
「そうだ。博士にもらった吸音装置があるじゃないか。あれをもういっかい起動しよう」
田中は吸音装置のスイッチを入れる。しかし、騒音はきこえてくるばかりだ。田中は首をかしげて、部屋を一旦離れることにした。
散歩のついでに、博士のところへ寄る。
「おい、博士。昨日の装置ぜんぜん役にたたないじゃないか。アパートの近くでやってる舗装工事の工事音がみみざわりなんだよ。周囲の人間もきっと迷惑がっているのに違いない」
博士は紅茶をすすって
「田中さん、あの吸音装置は、あなたの隣人の騒音を消すためにつくったものだよ。アパートの外は効果の範囲外だ」
田中はぷりぷり怒って、
「博士、なら今度はアパートの外にまで効く吸音装置をつくっておくれ。音が消えるだけなら、だれも迷惑がらないだろう。当然、私は金をはらう」
博士は腰をあげて
「しょうがないね。あなたってひとは。吸音装置は個人の範囲内でつかってほしいものだがね」
田中はアパートに持ち帰って、吸音装置を起動した。窓の外をみてみると、作業員はなにか身振り手振りをして、うろたえているようだった。吸音装置は、人の声や、風の音、虫の鳴き声まであらゆる音を吸収してしまう。田中はひとり暮らしで、音がなくても平気なので、そのまま寝た。
翌朝。起きて水の入ったコップを取ろうと手をのばしたら、間違えてコップを倒してしまった。水は吸音装置の上にこぼれた。田中はびっくりして、装置を確かめた。
どうやら壊れてしまったらしい。電源はついているが、ボタンをおしても何も操作がきかない。しかし田中は装置がシャットダウンしたわけではないからと安心して、そのまま眠った。
夕方になっても田中は部屋で寝ていた。騒音のない世界はすばらしいものだ、田中はそう思った。
ふと横を見ると、マスクを被った黒服の男がいた。『おまえ、なにやっている』と田中は口にだしたつもりだが、吸音装置が田中の声を吸収してしまっている。
マスクの男は、ベッドに横たわる田中に気づいている様子はなく、タンスを漁っている。泥棒に入られたのだ。
男が田中に気づいた。男は包丁をもっており、その刃をぎらつかせる。田中は叫んだ。『だれか!』叫んだつもりだった、叫び声は虚しいほどに無音だ。
男は近づいて田中を刺した。田中は意識が遠のいていくのを感じた。ふと部屋の窓ガラスが割れていることにきづく。ガラスが割られた音で目を覚ませたはず、いや吸音装置の前ではすべてが無音なのだ。そう思って、田中は絶命した。
15作品目「ショートショート 吸音装置」 連坂唯音 @renzaka2023yuine
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