第21話 知識チートの弊害
メルク王子の参戦をきっかけに形勢は逆転。チヨミたちは無事、賊を退けることができた。
彼の提案で、私たちは東の離宮へは行かず、ヒノタテ国へと入る。
国境を超えて間もなく見えてきたメルクの宮殿へ、私たちは身を寄せることとなった。
荷ほどき後、私たちは応接室に集合し、長テーブルを囲む。
(へぇ、私の世界で言うところの東洋風の内装だ)
元の世界の日本に近い雰囲気の内装に、少しだけ安らぎを覚えた。出されたお茶も、紅茶ではなく緑茶だった。
「いいのかな、勝手に国を出てしまって……」
やがてチヨミが、ぽつりとつぶやく。
「私たちが離宮に到着してないとなれば、国は大騒ぎになるんじゃないかな」
不安げな面持ちのチヨミに、メルクは肩をすくめる。
「あんな賊をけしかけてくる相手だよ? 言われた通りに離宮に入ってみなよ。寝てる間に火を放たれたり、食事に毒を盛られたりするかもしれないねぇ」
メルクの言葉に、チヨミはサッと顔色を変える。
「まさか……、ヒナツが私の死を望んでいると言うの!?」
首を横に振り、チヨミはドレスをきつく組む。
「そんなはずない。あの賊は、たまたま通りかかった私たちをターゲットにしただけよ」
「だといいね」
メルクはそっけなく返し、茶を口に運んだ。
「姉さん、現実から目をそらすなよ!」
タイサイがテーブルを叩く。
「『殺すよう命じられて、金を受け取った』ヤツらはそう言っていた。じゃあ誰が命じたか。少し考えれば、黒幕は絞られるだろう?」
「タイサイ、だけど……」
「クソッ、あの使用人め、ふざけやがって……!」
いきり立つタイサイを見ながら、私はこっそり思っていた。
(刺客の黒幕は、ヒナツじゃないんだよねぇ……)
あの賊を雇ったのは、原作ではソウビを擁立したい貴族。今はラニの取り巻きになっていることだろう。
彼らはヒナツを一番の敵とみなす、元王家への忠誠度が極めて高い人たちだ。
(って、教えてあげた方がいいんだろうけど……)
チヨミは、策を講じていたのが彼女であると知る私に、疑念を抱いていた。
(余計なことを言わない方がいいかな。でも、ヒナツに命を狙われたと勘違いしてる方がつらいよね……。うぅ、悩ましい)
「ソウビ」
「!」
名を呼ばれ顔を上げると、チヨミがこちらへ訴えるような眼差しを向けていた。
「え? 私?」
「ソウビ、お願い。何か知っていることがあるなら教えて」
「えぇっと……」
「賊が来た時、あなたは私に言ったよね。狙われてるのは私だって……」
チヨミの言葉に、タイサイが椅子を蹴って立ち上がる。
「そうだ! あの時、確かにお前はそう言っていたな!」
(あっちゃ~……。すでにやらかしてました)
知識チートが裏目裏目に出ている。
これではまるで、余計なことを言ったがために犯人であることがばれる、推理小説の悪役だ。
冷や汗をかく私に、チヨミは真剣な顔つきで更に問う。
「あの賊は誰に雇われてたの? 知っているなら教えて」
「えっと……」
「大丈夫。私は大丈夫だから。真実が知りたいの」
(どうしよう……)
口ごもる私の側へ、タイサイがずかずかと詰め寄ってきた。
「……そういや、てめぇ、妙な事いろいろ知ってたりするよな」
「タイサイの枕の下のこととか?」
「その話は、今はいい!!」
(そっちから話振ったくせに)
余計な刺激をしたためか、タイサイはヒートアップする。
「ソウビ、てめぇは何でいろいろ知ってんだ? どういう立場にあるんだ!? 味方だって、信用してもいいんだろうな?」
(どうしよう、めちゃくちゃ怪しまれてる!)
下手なことを言えば一刀のもとに切り伏せられそうな雰囲気だ。
今や私は身寄りもなく、ヒナツの不興を買い王宮を追われた身。その上でチヨミたち主役サイドからも敵とみなされたら、どこへ逃げればいいのだろう。
(まずいまずいまずい!)
元王家の姫を擁立してくれる貴族を頼る? それも今となっては、ソウビ派とラニ派に分かれて新たな諍いを産んでしまいそうだ。その結果、やっぱり国が乱れる原因となったら。それに、ここを追い出されたらテンセイとも……。
「ソウビ殿」
「っ!」
テンセイの分厚く武骨な手が、私の手を包むように重なる。
熱い指にゆっくりと力がこめられた。
「自分は、貴女の味方です。貴女が今、どんな立場であろうと」
(テンセイ……)
振り返った先のテンセイは、少し緊張した面持ちだった。
当然だ。本来であれば知る筈のない事情を、私は掴みすぎている。
スパイか何かと疑われても仕方がない。
それでもテンセイは、私の味方でいてくれようとしているのだ。覚悟を持って。
(話しても話さなくても怪しいよね、私。どうすればいいんだ、これ……)
「あのさ」
「っ!」
張り詰めた空気の中、場に会わぬのんびりした声が私に届く。
「何? ユーヅツ」
「ひとまず今は、君がいろいろ知ってる理由とか、立場とか事情とかどうでもいいよ」
そう言うと、ユーヅツはテーブルに肘をつき、両手の指を絡めるとそこへ顎を乗せた。
「情報が欲しいんだ」
「情報?」
「そう。ボクらにとって有益な情報を持っているなら、教えて。それ以上は聞かない」
「ユーヅツ……」
ユーツヅは細めた目を、タイサイへと向ける。
「いいよね、タイサイ?」
「い、いや、だけど……っ」
「チヨミのためだ」
愛する義姉の名前を出され、タイサイは何も言えなくなる。やがて。
「……わかったよ」
そう言うとふてくされたようにきびすを返し、自分の席へと戻っていった。
「チヨミもそれでいいよな?」
メルクの言葉に、チヨミは頷く。
「うん。私は元からそのつもりよ」
皆の視線が、私に集中する。
「じゃ、お願いするよ、ソウビ」
「う、うん」
(情報って言っても、どれから話せば……)
チヨミを見る。チヨミは固唾を飲んで、私の言葉を待っているようだった。
(うん。まずはチヨミを安心させよう)
「チヨミ殺害を命じたのはヒナツじゃないよ」
私がそう言うと、チヨミはぱっと目を見開いた。
「あの賊を雇ったのは、おそらくラニを女王に擁立したい貴族たち。ヒナツが王座にいるのが気に食わないんだ」
「だったら、ヒナツをつぶせよ! なんで姉さんが狙われなきゃなんないんだ!」
「チヨミは王の妃だから。彼らにとっては今もチヨミは王の身内。じわじわと周囲から力を削っていくつもりだと思う。……そういうものでしょ?」
「クッソ! つくづく疫病神だぜ、あの男!」
毒づくタイサイとは裏腹に、チヨミはほっとしたように微笑んだ。
「……良かった、ヒナツじゃなくて」
「姉さん……」
チヨミがにっこりと微笑む。
「ありがとう、ソウビ。教えてくれて」
「ううん。……でも、私の言ったこと信じるの?」
「うん。私の直感が告げているの。ソウビはうそをついてない、って」
「チヨミ……」
ヒロインの『信じる』。これは乙女ゲーにおいて頻繁に見るセリフだ。
どんな相手に対しても、ヒロインは『あなたを信じる』で許してしまう。裏切られれば命すら危うい、そんな窮地にあっても。
結果、その純粋さに打たれ、敵だった者すらヒロインを裏切れなくなる。
乙女ゲーは好きだけど、この展開だけはいつも、甘っちょろいお約束だなと感じていた。
(だけど、今は助かったな)
肩から力が抜けた。
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