第20話 馬車に揺られて

 まもなく、私たちは東の離宮へと出発した。

 ガタゴトと揺れる、クッションも装飾もない粗末な幌馬車で。

「荷馬車とかふざけてんのか、あの使用人! とことん俺らをバカにしてやがる」

 タイサイが怒りをあらわにする。その隣で、ユーヅツは気持ちよさそうに寝息を立てていた。

「すやぁ」

「寝れんのかよ、この環境で!」

「なんだよ、うるさいな。昨夜は遅くまで本を読んでたんだ」

 ユーヅツは大きなあくびを一つする。

「城を離れる前に、書庫の中のもう一度読んでおきたい本……」

「……」

「……すやぁ」

「寝るなら最後までしゃべってから寝ろ!」

 隣に座るテンセイが、そっと私の指先に触れる。

「ソウビ殿、腰は痛くありませんか? よろしければ、自分の膝の上にお座りください」

(ひっ、膝の上!?)

 心の中では秒でダイブした。あくまでも心の中で。

「いやいやいやいや! ほら、みんなの目があるから」

「? 自分は気にしませんが」

 真面目朴念仁! 好き!!

「私だけ特別扱いってのも、ちょっと気まずいし」

「そうですか。では、気が変わりましたらいつでもどうぞ」

「あはは……、ありがとう」

 原作ゲームでは、主人公が攻略キャラに想いを伝えるのはラストだ。だから恋人関係になった後のテンセイが、こんなに甘やかす人とは知らなかった。

(すでに互いの気持ちを確認し合った私たちは、後日談の雰囲気を味わってるようなものかな)

 荷馬車で城を追われるこんな状況にもかかわらず、ドキドキしてしまう。

(嬉しい、めちゃくちゃ嬉しい。でも心臓に悪い……)


 その時、ふと視界にチヨミの横顔が入った。

「……」

 チヨミはどこを見るでもなく、ただ物思いにふけっている。

(っと、浮かれてばかりもいられないな)

 身分のはく奪こそなかったものの、離宮へ追いやられてしまう正妃チヨミ。これはゲーム本編と同じ展開だ。

(原作では、ヒナツにチヨミを追い払うよう頼んだのはソウビだったけれど)

 今、その役割は、妹のラニが担っている……。

(これって、本来私の役割だった傾国ポジションが、ラニに代わっただけの可能性あるよね?)

 だとすれば、ゆくゆくラニは民衆に恨まれ、殺害される可能性がある。

(それはいやだ! 私の代わりにあんな少女が殺されるなんて)

 いくら設定上の妹だとしても、無関心ではいられない。

(だけど、どうしたら? 私はチヨミとともに、こうして城の外へ追い出されてしまったわけだし……)


 その時、ふと思い出した。

(あっ、そうだ! この道行の中でもイベントが起きるんだった)

 本来であれば、ソウビを擁立したい貴族の命を受けた兵士が、ならず者を雇ってこの馬車を襲う。王宮を追い出されたとはいえ未だ正妃であるチヨミを、亡きものにするため。

(ラニの周辺でも、あれと同じことが起きている可能性は高い!)

「チ……」

「ソウビ」

 私が口を開いたのとほぼ同時に、チヨミが私の名を読んだ。

「なに? チヨミ」

「ごめんね」

「どうしてチヨミが謝るの? チヨミがこんな目に遭ってるのは、私の妹のせいなのに」

 それに本来なら、これは私のせいだった。

 けれどチヨミは首を横に振る。

「私を追い出す決定を下したのは、ヒナツだわ。ラニが何を言おうと、ヒナツは理性ではねつけるべきだった。例えラニの言葉が原因だとしても、責任はヒナツにあるのよ」

「チヨミ……」

 これはゲームにはなかったセリフだ。

(私が傾国のままでも、チヨミはこんな風に思ってたのかな……)

 プレイヤーとしては、2人まとめて「ふざけるな!」と言う気持ちだが。

 やっぱりチヨミは乙女ゲーの主人公だ。優しすぎる。

 こんなチヨミを手放すヒナツはバカだ。

「ところでソウビ、一つ聞いていい?」

「なに?」

 せめて彼女の気晴らしに付き合おうと、私は身を乗り出す。

「ヒナツが言ってたの。これまでヒナツが立てた戦功は、私の策によるものだとソウビが知ってたって」

(あっ……!)

「なぜ、王の娘であったソウビが、一下級貴族にすぎない私たちの役割分担まで把握していたの?」

 まずいまずいまずい! 

 ヒナツをやり込めてやろうと口走ってしまったが、冷静に考えればソウビがこれを知っているのは不自然だ。

「そ、それは……」


 その時、馬のいななきと共に、馬車が止まった。

「……何かしら?」

「おい、何があった!」

 タイサイが一足飛びに馬車の先頭まで移動し、御者に問う。

 強張った声が即座にいらえる。

「敵襲です! 盗賊かと思われます!」

(しまった、もう来ちゃった……!)

 やはりラニの周りでも、本編のソウビと同じ事態が起きていた。ラニを擁立したい貴族たちが、チヨミ殺害の命令を下したのだ。

「ソウビはここにいて! 私たちでなんとかするから!」

「気を付けて、チヨミ! その賊たちの狙いはチヨミなんだ!」

「私?」

 チヨミは怪訝な表情で私を見る。けれどすぐにうなずき、身を翻すと馬車から飛び出していった。

「って、待てよ姉さん! ったく、狙われてる自覚あるのかよ! お前らも行くぞ!」

 言いながら、タイサイはすぐさまチヨミを追い車内から姿を消す。その後を馬車について歩いていた兵士たちが、気勢を上げながら続いた。

「怪我をした時は治癒を頼むよ、ソウビ。敵が入ってきたら、頑張って自力で退けて」

「ユーヅツ……。わ、わかった!」

 先の二人と同じくユーヅツも、裾を翻し馬車から飛び出していく。

 最後に大きく武骨な手が私の肩に触れた。

「心配はいりません、ソウビ殿。自分が不埒者をここへは絶対に近づけさせませんので」

(テンセイ……)

「うん、ありがとう。でも今回は、チヨミを守るのを最優先にして! 今一番危険なのは、彼女だから」

「かしこまりました。貴女のお望みとあらば」

 テンセイが出ていくと、私は埃っぽい幌馬車の中で大きく息をついた。

(原作ゲームだと、3ターン耐えたところでメルクが来るはず)

 あの祝宴の時に、チヨミが牢から逃がした隣国の王子メルク・ポース。

 だがゲームと違い、この世界で見る戦闘はターン制には見えない。どれだけ耐えればいいのか、いつ彼が来るのか見当がつかなかった。

(お願い、誰もケガしないで……!)

 私はユーヅツに教えてもらった治癒魔法の詠唱を、口の中で復習した。


「くっそ、斬っても斬ってもきりがねぇ! どんだけ沸いてくるんだ、この賊は!!」

 タイサイは紙一重で攻撃を避けながら敵を斬る。その後方に傷を負い、膝をつく兵士がいた。兵士の頭上に無法者の刃が襲い掛かる。それを間一髪ユーヅツの魔法がはじいた。

「怪我をした者は馬車へ! ソウビに治してもらえるから!」

「は、はいっ!」

 テンセイは大剣を軽々と操りながら、群がる敵を薙ぎ払う。

「おぉおおおお!! 矜持があるならかかって来い! 俺が相手をしてやる!!」

 だが敵も分のない戦いに挑む気はない。テンセイに叶わないと見るや、さっさと背を向け、本来の目的であるチヨミへと目標を変えた。

「待て! 逃げるな!!」


「くっ……!」

 敵に囲まれたチヨミは明らかに苦戦していた。

「あなたたちは何者!?」

 細身の剣で凌ぎながら、チヨミは叫ぶ。

「一体誰の命令でこんな真似をするの!?」

「さぁな」

 獲物をいたぶる、下卑た眼差しがチヨミを囲む。

「あぁ、勿体ねぇ。こんな別嬪、殺さずに売り飛ばしゃいい値が付くだろうになぁ」

「だが、殺すって約束で金をもらっちまった、ここで死んでもらうぜ」

「下衆!!」

 ギリと歯噛みするチヨミに、敵の1人が足払いをかけた。

「あっ!」

 チヨミがたたらを踏み、バランスを崩す。

「ハハッ、隙ありだ!」

「後ろからも!?」

「姉さん!!」

 チヨミに向かって振り下ろされる残忍な刃。だがそれは鈍い音と共にはじかれた。

「え?」

「おーっと、そこまでだ」

 金の髪をふわりとなびかせ、チヨミの側に降り立つ青年。異国風の服装に、湾曲した見慣れぬ剣を携えて。

「レディ一人にこれだけの人数とは、情けない野郎どもだねぇ」

 エメラルドの瞳が、茶目っ気たっぷりにウィンクする。

「!? 誰だお前は!」

 義姉チヨミを抱き寄せた闖入者に、タイサイが気色ばむ。

 だがその問いに応えたのはチヨミだった。

「メルク!? どうして、ここへ……」

「あの時はありがとうな、チヨミちゃん。恩を返しに来たぜ」

 緑の瞳がキッと敵をねめつける。

「ヒノタテ国第三王子メルク・ポースここに推参!」


(よっしゃ、メルク来たー!)

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