第10話 ルート通りに
テンセイとの婚約解消から数日が経った。
「入るぞ、ソウビ」
デリカシーのないノックの音と同時に、ヒナツは返事も待たずに部屋へと入ってくる。
私が口をつぐみあからさまに迷惑そうな顔をしても、ヒナツは一向に気にしない。
今日も、両手に抱えた山のような包みをどさりと床に下ろすと、得意げに全てを開封し始めた。
「ソウビ、お前のために色々持ってこさせたぞ! え~っと、こちらはドレスに、靴に、アクセサリーだ!」
全てを開封し終えると、ヒナツは満足そうに大笑いをする。
「さぁ、どれがいい? どれも一級品の優れものだぞ! これらを身に着けた美しいお前を見せてくれ!」
「……ハァ」
ストレスの塊が口から漏れ落ちる。
最初こそ殺害されないため、ヒナツにある程度好かれなければまずいと考えた。しかし彼は、自分が王座に君臨するため、前王の娘であるソウビの存在が必要だと明言した。なら、よほどのことがない限り殺されることはないだろう。つまり、彼の機嫌を取る意味はなくなったのだ。
「ははは、今日も一瞥すらせんか」
私が不機嫌を露わに目を背けても、ヒナツは一人勝手にはしゃいでいる。
「まぁいい、貢ぐというのは存外楽しいものだな」
彼はベッドに座る私の隣に、どっかと腰を下ろす。その手には、繊細な細工の美しい靴が乗せられていた。
「お前のことをただ想いながら品を選ぶ、そのひとときの甘く愛しいことと言ったら」
「……」
彼の言葉に、わずかに心が動く。ヒナツの中に、ソウビへの想いが少しはあるのだろうか。
だが、彼を理解しようかと揺らいだ気持ちは、次の瞬間、冷や水をぶっかけられることとなった。
「ソウビよ、明日こそお前を満足させるものを用意しよう。なぁに、予算は潤沢にある。いやぁ、王にはなってみるもんだな!」
「は?」
反射的に彼をふり返る。目が合った瞬間、ヒナツはにんまりと笑った。
「どうした、ソウビ? 俺からの貢ぎ物を受け取る気になったか?」
「予算は潤沢? まさかと思うけどこれ全部、国家予算で購入しているの?」
私が口をきいたのが嬉しいのか、ヒナツはふんぞり返る。
「当然だ、俺は王だぞ? その身内に関する出費は予算に含まれるものだろう」
「アホなの!? やめて! そういうのは今回限りでやめて!!」
「さぁて、な」
ヒナツの瞳に青白い光が宿る。
「それはお前次第だ。ソウビ」
「……!」
ゾッと背筋が冷えた。
私が全く望んでいないにもかかわらず、確実に傾国ルートに進んでいることに気づいたのだ。
王になびかない愛妾と、気を引くため国家予算を湯水のように使う王。これはまさに、原作ゲームの中で語られていた二人の関係ではないか。
(まさかと思うけど、本編のソウビも今の私と同じだった可能性ない?)
冷たい汗が頬を伝う。
(ただヒナツを拒絶していただけなのに、『王の気を引くためのわがまま』と解釈された可能性は?)
「どうした、ソウビ?」
ヒナツは面白がるように、私の顔を覗き込んでくる。酷く無邪気な、からかうような表情で。
けれど私には、それに構っている余裕はなかった。
(ヒナツの浪費をやめさせるには、気に入ったふりしてプレゼントを受け取るべき? でも、それはそれで調子に乗って、更なる高価なプレゼントを用意し始める可能性は? どうするのが正解なの!?)
この物語の傾国となり、彼とともに民衆に殺害される未来しか、私にはないのだろうか。
「……チヨミには?」
わななく唇から、私は何とか言葉を絞り出す。
「チヨミがどうした?」
「私へのものと同じだけ、チヨミにも贈り物をしたかと聞いてるの」
チヨミの名を出した途端、ヒナツは白けた表情となった。
「いや? だがそれがどうした」
「とある国では、男は複数の女を持つことを許されるけど、贈り物は平等でなければならないそうよ。それが出来ない男は、カスだって」
ヒナツが少しムッとした表情になる。けれどこちらも未来がかかっている。
「あなたがチヨミを大切にしてないのを見ると思うの。それはいずれ私がたどる道だと。今の地位に就くための立役者たる女一人すら大切に出来ない男なんて、信用できない」
「……」
私の機嫌を取る目的でも構わない。ヒナツが少しでも今よりチヨミに関心を持ち、優しくなってくれれば、運命を変えられるのではと期待したのだ。
寵姫に夢中のあまり国を傾けた愚かな王、そんなものにならずにいてくれるのではないかと。
そしてもう一つ。私の言葉は気を惹くための言葉遊びなどではなく、本気で嫌がってるのだと気付いてほしくて。
けれどその思惑もあっさりと裏切られてしまった。
「チヨミをやたらに意識しているな。ソウビ、ひょっとして嫉妬か?」
「!?」
(今の言葉のどこをどう受け止めれば、そんなお花畑な結論に至るのよ!!)
言葉は届いているはずなのに、気持ちが伝わらない。
(やってられない!!)
私はベッドから立ち上がり、扉へと向かう。
「ソウビ? どこへ行く?」
私は彼の問いに答えることなく、部屋を後にした。
■□■
大量の貢物が床を埋め尽くす部屋に一人残され、ヒナツは笑った。
「クク……。毛を逆立てて威嚇する猫のようだ。愛らしいものよ」
そう言っておどける彼の瞳に、鋭利な憎悪が宿っていたことを、彼自身もまだ気づいていなかった。
■□■
私は自室を飛び出すと、チヨミの部屋へと駆け込んだ。
「ソウビ? どうしたの?」
「チヨミ……」
『ガネダン』プレイ時は、私の分身でもあった存在、ゲームの中で最も長い時間共にいたキャラ。その心やすい雰囲気に触れた瞬間、張り詰めていたものが崩れ落ちた。
私は彼女に駆け寄ると、その首に腕を回ししがみつく。
「ソウビ!?」
「チヨミ、どうしたらいい? ヒナツを受け容れるわけにはいかないし、拒絶しても喜ばせてしまう。私どうすればいい? わからないよ……!」
「……」
チヨミの優しい匂いが鼻腔をかすめる。それは、母親に甘える幼子の気持ちを、私の中に喚起させた。じわ、と心が緩む。
(せっかくこの世界に来られたのに、頑張ってもテンセイと結ばれず、傾国からの殺害ルートしかないなんて!)
鼻の奥がツンと沁みる。彼女の胸にすがって少し泣かせてもらおう、そんな考えが頭をよぎった時だった。
「何しに来たんだ、てめぇ」
不機嫌な少年の声が飛んで来た。
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