第5話 祝宴

 テンセイに手を引かれ、私は宴会の部屋へと到着した。

(おぉう。豪華絢爛……!)

 クロスのかかった長テーブルには、食材をふんだんに使った色とりどりの料理が所狭しと並んでいる。フルーツの盛り合わせは艶やかで、ワインも赤と白の二色が用意されていた。

(液晶越しに見た背景画像とは、やっぱり違うなぁ)

 ひしめく来客をぐるりと見回せば、よく知る二人の姿もあった。

(攻略キャラ発見!)

 濃紺の髪で目つきの鋭い青年が、チヨミの義理の弟のツンデレ騎士タイサイ・アルボル。

 そして若草色のロングヘアで眠たげな顔つきの青年が、国内随一の魔力を誇る魔導士のユーヅツ・アモルだ。

(テンセイ含むメイン攻略キャラ三人組は、やっぱり作画がいいなぁ)

 ゲームで見た光景の中に自分がいることに興奮しているうち、私の手を引くテンセイが足を止めた。


「ヒナツ王、ソウビ殿をお連れしました」

(おっと、そうだった)

 テンセイが私をここへ連れて来た理由を思い出す。

「おぉ、ソウビ殿! 今宵も見目麗しい!」

 上座に座るヒナツはすこぶるご機嫌だった。かなり酒も回っているのだろう。喉の奥まで見えるほど相好を崩したその顔は、かなり赤い。まるで子どもが母親を求めるように、彼は私に向かって大きく両手を広げた。

「月ですらソウビ殿の前ではその輝きが褪せてしまうなぁ!」

「あっ、はい」

 大仰に私を褒めるヒナツに、私はあえて素っ気なく返す。当然だ。彼の手を取れば、破滅待ったなしなのだから。そう、たとえ牢へ救出に来てくれたあの瞬間、かっこよく見えていたとしても。

「では、自分はこれで」

 手を包んでいたぬくもりが、あっけなく去り行く。

(えっ? テンセイ行っちゃうの!?)

 まだ手を繋いでいたい、テンセイの側にいたい。つい後を追おうとした私の足を、ヒナツのデリカシーのない声がその場に繋いだ。

「さぁ、ソウビ殿。一番良い席を貴女のために用意した、さぁ、こちらへ!」

(……良い席って、ヒナツの隣かい)

 心の内でぼやきつつ、仕方なく私はいざなわれた場所へ腰を下ろす。

(テンセイと一緒がいいなぁ)

 ちらちらと、テンセイの去った方向を見ていた時だった。

「ソウビ姫」

 聞き覚えのある、優しくも凛とした声が耳に届いた。

(あぁ、チヨミ来たぁあ!)

 この時点で、友だち以上の親しみを覚える。

 なにせ、チヨミはプレイアブルキャラ、つまり元は私の分身だった人物だ。

 チヨミは一瞬ちらりとヒナツに視線をやり、すぐに私に耳打ちした。

「ソウビ姫、もしここがお気に召さなければ、別に席を用意しますよ? ご希望はございますか?」

 この場面、チヨミは前王の娘であるソウビに気を使う。いきなり隣に侍らせようとしたヒナツとは違って。

(で、ソウビはこう返す、と)

 私は記憶にある台詞を口にする。

「姫はおやめください。私はもう王の娘ではありません。王の妃チヨミ様、どうぞ私のことはソウビと」

「なら、お互いに敬語はよさない? 私のことはチヨミと呼んで、ソウビ」

「えぇ、チヨミ」

 取り澄ました顔でやり取りしつつ、心の中で私はかなり興奮していた。

(友情イベント~っ!)

 乙女ゲーの主人公と言えば、プレイヤーの分身でありながら、プレイヤーの親友のような存在だ。そんな相手が目の前にいるのだから、心が浮き立つのも仕方ない。

(あぁ、これが生のチヨミ。派手じゃないけどやっぱり可愛い! 爪の先まできれい!)

 それになにより、この夢の中での私の幸せは、彼女にかかっているのだ。

(チヨミと親交を深めねば!)

「おお、お前たち二人の仲が良くて何よりだ! 今後も上手くやっていけそうだな!」

 手を取り合う私たちの間に、ヒナツが割り込んできた。

(うわー、うーわー! ヒナツのこの顔!)

 ヒナツはやたら嬉し気に、目尻を下げている。

(こっちはクリア済みのプレイヤーぞ? お前が今考えてることなんて、お見通しだからな!

 この時ヒナツはすでに、ソウビを愛妾にする気満々なのだ。そして正妃のチヨミと仲良くやっていけそうな様子に、ご満悦というわけなのである。

(まぁ、現時点でヒナツはソウビのこと『前王とのつながりをアピールする存在』としか思ってないわけだけど)

 私は心の中で、ヒナツに向かって舌を出す。

(チヨミとは仲良くするけど、お前と仲良くすると破滅するから嫌だ、このどすけべ王!)

 私の感情に気づくことなく、ヒナツは上機嫌で盃を空ける。

「ところでソウビ殿、妹君はもうお休みか?」

「えぇ」

「何か不便はないか?」

(テンセイと過ごす時間が欲しいです)

 口から漏れそうになった本音をぐっと飲みこみ、私は静かに返す。

「……別に」

その時、チヨミがそっと私の側から離れようとした。

(あ、チヨミどっか行っちゃう!? やだ、こいつと2人にしないで!!)

 私は慌てて、チヨミのドレスの裾を掴んだ。

「チヨミ! この城のバラ園は私のお気に入りなの。今から一緒に見に行かない?」

「え……」

 チヨミは明らかに困惑していた。何かを気にするように、背後にチラチラ視線を泳がせる。

(ん? 何かまずかったかな?)

 そこへヒナツが意気揚々と立ち上がる。

「バラ園か、それはいい! きっとソウビ殿を一層美しく彩ってくれるだろう! ささ、参ろうか!」

「ごめんなさい。私、今、チヨミと話してるので」

「……」

 私の言葉に、ヒナツが笑顔のまま固まる。

「ソウビ、あの、私は少し用事があるから、バラ園へはヒナツと……」

「わ、このフルーツ美味しい! ねぇチヨミ、あなたも食べてみて。はい、食べさせてあげる」

「あ、ありがとう、ソウビ。でも、今はお腹いっぱいで……」

「ははは、ならば俺がいただこう!」

 覇気を取り戻したヒナツが私の前に回り込み、大きく口を開ける」

「さぁ、ソウビ殿! あ~ん……」

「召し上がりたいなら、そちらにフォークがありますよ?」

「……」

 宴席が静まり返った。

(あ、やっべ)

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