9: いやな予感

北多摩に住んで一〇年

向かいは都営住宅の予定地で

金網や鉄板を貼って誰も寄せつけないようにしていた

隣の都営住宅は空家が目立ち

駐車場の赤い三角ポールが誰も寄せつけないようにしていた

この予定地はいつ着工するのか あるいは断念するのかと思っていると

去年の夏 工事が始まった

住宅は着々と組み立てているが 組み立てる音があまりしない

周囲に灰色の鉄板を置き そのなかを黒いシートで覆って

建物が見えないようにしている

個人住宅もそうで 建築途中の建物は誰も見えないようにしている

(浮浪者たちが寝起きすると困るから?)


寂れた公園のベンチは排除アートが目立つ

人通りのないこの街に 浮浪者など寄りつきもしないだろう

ここは都内の限界集落

ウジムシじゃないんだから自然に湧くだろうと思われたら

無性に腹が立つ 無性に哀しくなって 無性に憂鬱になる


このあたりは

新築住宅と都営住宅が共存しており

図書館へ行くいつもの道に

道路計画に反対した古い小さな平屋がぽつんと建っている

平屋は三軒だった そのうち二軒はどこかへ行った

残った一軒は老夫婦が住み

いつの間にか老婆がひとり庭掃きしていた

今年の春 小さな庭に植えていた一本の椿の木は

年老いた息子の手によって伐られていた


やっと都市計画を実行できる

抵抗した家々は取り壊されて 道路が綺麗に整備されるだろう


テレビを見なくなって一〇年

ニュースでは相変わらず戦争やら経済危機やら人口問題やら社会福祉問題やら深刻な報道が次々なされるが

コメンテータも評論家も何も言わず(何か言えばすぐ干されるだろう)

政治家や政治学者、経済学者の解釈はばらばらで

いったいなにが起こっているのか誰にもわからない


都営住宅は着々と建設され 完成され 募集され

新しい若い家族が入ってくる

そう思いたいが

もう誰も入っては来ないような諦めと倦怠の季節を知る

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