6: 楽園には棲めない

わたしだけ見てほしい

ほかの女(ひと)を見ないでほしい

浮気しないでね

それはドラマや漫画に出てくる安っぽくて聞きなれた科白

愛の告白とは思えないが

あなたへの愛は醒めてゆくばかり

視野を狭くしろと あなたは平気で 愛を込めて云う

愚かでいろ 目隠しをしろ 世界を見るな 何も知るな何も学ぶな

わたしだけを見ろとはそういうことか


だったらいっそ

ほかの女(ひと)を愛そう

ほかの女(ひと)と酒を飲んで酔っぱらって

安宿に転がり込んで一夜を笑いこけて過ごそう

ほかの女(ひと)のからだを抱いて抱かれて

ほかの女(ひと)を愛し愛されて

もう何も見えなくなるくらい快楽に痺れ目がくらんで

ほかの女(ひと)に溺れ続けよう


ふたり暮らしの家に帰っても誰もいない

あなたはわたしを閉じ込めた


今夜も盛り場に行き

目と目が合ったら暗がりで抱き合い

手と手が合ったら心も通じ合い

ほかの女(ひと)と一夜の契りを交わす なんという解放感! 

一度抱いたら二度と抱かない 未練を感じる余裕はない

あなた以外の女(ひと)のからだを深く知るために

あなた以外の女(ひと)のこころを広く知るために

あなたという世界を見ないことにしよう


あなたは世界を狭くするから

息苦しい世界を壊すために

あなた以外の女(ひと)と今夜も寝よう

それがわたしの愛のかたち それがあなたへの愛のかたち

愛という鎖をほどいて 愛という束縛をほどいて

あなたを裏切るのがわたしの愛の答えかた


あなたの忠実な愛の奴隷になることで

なにを犠牲にしたらいいのかわからないから

硬い首輪を外して賢い犬になるのはやめた 


ふたりでいるのにあなたは不在

ひとりでいるのがわたしにはちょうどいい寂しさ 居心地よい自由

アダムとイブが暮らす楽園は果たして理想的なのか 誰もが望む楽園か

ひとりでいるのはさびしいから誰かと鏡映しのごっこ遊び 暇つぶしの独り言

平和なのはいいけれど退屈で窒息しそうになる

あなたの手で殺されるわけにはいかない

楽園が訪れるのはまだ遠い日のこと

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