エピローグ

 シンがゴブリンキングを倒し、その異空間から脱出した瞬間――そこから粉々に飛び散った花弁が如き魔力の残滓。

 それは大気中に溶け込むことなく漂い、シンが飛び立った後に再びその姿を現した。


「ハア……ハア……」


 激しく肩で息をしている一匹の小さなゴブリン。

 浅黒く焦げたような肌に、不格好なバランスをした細長い手足。

 雑兵としてのゴブリンに比べても貧弱に見えるその身体。

 しかし、その内に秘めた魔力は、ゴブリンジェネラルの比ではなかった。


 見た目は変われど、それはゴブリンキング。


 消滅したと思われたゴブリンキングは、その最後の力を振り絞り、全ての魔力を異空間の魔力へと移すことに成功していた。


「まだ生きていたとは、ゴブリンていうのは本当にしぶといねえ」


 そんな彼に背後から声をかける者がいた。

 貴族然とした服装に身を包んだブロンドの青年。

 青と赤の碧眼を細めながら、青年はゴブリンキングに警戒することなく近づいていく。


「オマエ……ミテイタ、ノカ……」


 ゴブリンキングの方も、その青年を見て警戒するような素振りはない。


「見てなんかないさ。さすがに僕でもあの中は見えないよ」


「ダガ……オマエナラ、ハイレタ、ハズダ……。ナゼ、タスケニ、コナカッタ?」


 ゴブリンキングは青年を睨みつける。


「助ける?何故僕が君を助けなきゃいけないのさ?」


 青年はその端正な顔を僅かに歪めながら吐き捨てた。


「僕は君のためにいろいろとお膳立てしてあげたじゃないか。君がどうすれば強くなれるのかも教えてあげたし、カネリンを動かして国盗りゲームを楽しませてあげたのも僕だ。その上、エンディングまで手伝えっていうのは欲が深すぎないかい?」


「……マアイイ。ツギダ!ツギハ、コレヨリモ、ツヨクナッテ――」


「次なんてないよ」


 青年の言葉に、ゴブリンキングの全身に寒気が走った。


「僕がのは今回彼がどんな行動を取るかということだよ。魔王として犠牲をいとわずに君を倒しに来るか、それとも人間として大陸全体を救おうとするか。最初から君が彼に勝てるなんてこれっぽっちも思ってなかったさ。キングなんて大層な名前を付けられていたとしても、所詮は下等なゴブリンだしね」


「――!!」


 青年の言葉にゴブリンキングの顔が醜く歪む。


「少しばかりの力を手にしたくらいで、君が魔王に近づこうなんてのは傲慢な考え方だとは思わないかい?まるでギリシャ神話に出てくるイカロスのようだね」


「ギリシャ、シンワ……ナンダ、ソレハ……」


「ああ、君たちはギリシャ神話なんて知らないよね。翼を手に入れた青年が、自らが太陽にすら届くなんて自己過信をしたって話だよ」


「ワタシガ、ソノ、イカロスト、オナジダト……イウノカ?」


「いや、どちらかといえば、羽のついた蛆虫かな?君にはその程度がお似合いだよ」


「キサマ!!」


 青年への怒りに、ゴブリンキングの我慢が限界を迎えた。

 爆発的に膨れ上がる魔力のほとばしり。

 一瞬でその身体が巨大に膨れ上がる。


「シネエェェェ!!」


 一点に全ての魔力が集中し、小型の太陽が現れたかのような眩い光で周囲を照らす。

 小国すらも一撃で滅ぼしかねないほどの強大なエネルギーの塊。


「イカロスはね――」


ほのおよ』


 それはゴブリンキングの頭の中にのみ響いた声。


「――ガアッ!!ア……アァ……」


 ゴブリンキングの全身を、作り出した魔力の全てさえも――青白い高温の炎が一瞬にして焼き尽くしてしまった。

 今度こそ、その魔力の残滓さえこの世に残ることのないレベルで。


「太陽に近づきすぎたせいで命を落としたんだよ」


 青年は後に何も無くなった宙を見つめて呟いた。



「彼は魔王として解決を図ることをせず、人として生きることを選択したんだね……。これはとても興味深いことだよ」


 歪な笑顔を浮かべる青年。


「なら、しばらくはそうして生きていくと良い。僕もこれからのことを考える時間が欲しいからね」


 青年の姿が徐々に希薄になっていく。


「どこまで人間でいられるのか。僕はそれを楽しみにしているよ――魔王様」


 そして誰もいなくなった平原に、青年の囁くような声だけが残った。




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