第49話 王太子ロットスター=ロバリーハート

「この場の者に問う!」


 ロットは腰を抜かしたままのユーノスの騎士たちに向けて問いかける。


「貴公らは誇り高きロバリーハートの騎士であるか!それとも、騎士の誇りすら忘れて、国に弓退く逆賊であるか!――答えよ!!」


 そのよく通る声は、騎士たちの心の奥底まで届くかのような響きをもって部屋中に拡がっていった。


 それまで恐怖に震えていた騎士たちは、ロットの声にハッと我に返る。


 しばらくの静寂ののち――一人の騎士が立ち上がった。


 立派な髭を蓄えた中年の騎士は、先ほどまで構えていた剣を鞘へと戻し、ゆっくりとした歩みでロットの前へと歩き出す。


「我々はロバリーハートにその忠誠を誓う騎士でございます」


 彼はロットに膝をつき、こうべを垂れながらそう言った。


「では、貴公らはユーノス大公によって無理やり従わされたのであるな?」


 それは騎士たちには反乱の罪を問わないという、ロットによる意思表示。

 王子の言葉としては、信じられないほどの甘い裁定。

 しかし――


「いえ、そのような虫の良いことを申すつもりはございません。我々はロバリーハートの騎士でございますが、先ほど殿下がおっしゃられたように――その誇りを忘れ、此度こたびの大公閣下の暴挙に加担いたしました。しかし――その計画が破綻した今、その罪すらも許されてしまっては、我々が殺めた者に対して合わせる顔がございません。殿下の深い恩情には心入りますが、何卒騎士としての死を賜りたく存じます」


 彼の言葉に、他の騎士たちも同様に膝をつき頭を下げる。


 その潔さにロットは言葉に詰まる。

 何故このような者たちがユーノスのような者の下につかなければならなかったのか。

 これから先の世に彼らが生きていれば――そう考えると返事が出来ない。


「ロット君――」


 シンがロットの肩に手を乗せる。

 振り向いたロットが見たシンの顔は――どこか寂しそうに見えた。

 そして決意する。


「――分かった。貴公らの騎士の誇り、ロバリーハート王太子である私がしっかりと受け取った。ただし、外にいる他の兵たちは無理やり従わされていたとして罪に問わないことを誓おう」


「――ありがとうございます」


 騎士は頭を更に深く下げて感謝の言葉を伝えた。


「では、我々の最後の務めを果たさせていただきます」


 そう言うと立ち上がり、ユーノスの方へと歩き出す。

 その意を察した数名の騎士も後に続いた。


「何だ!?お前ら何をする気だ!!」


 何やらその行動に不穏な気配を感じたユーノスが這うように後ずさるが――

 すぐに騎士によってその身体を押さえられてしまう。


「放せ!貴様ら何をしているか分かっているのか!!敵はそいつらだ!早く殺せ!!」


 ユーノスは騎士たちの拘束を外そうと必死でもがくが、押さえている手はびくともしない。


「閣下、観念なされませ。我々ではあの方には勝てません」


 優しく諭すようにユーノスに語り掛ける。


「ふざけるな!!あの程度の魔法が何だというのだ!!相手はたった一人だぞ!全員でかかれば勝てぬはずが無いであろう!!」


「いいえ、違いますよ――」


 怒鳴り散らすユーノスを前にしても、全く動じることの無い騎士。

 その穏やかな瞳は、何かを悟っているかのようだった。


「我々が勝てぬのは――殿です。あの方の生まれ持つ器は、あなたでは遠く及ばない。ならば――その閣下の臣下である私どもでは勝てるはずが無いのが道理というもの」


 騎士の言葉にユーノスは唖然となる。


「お前たちまで……私が王の器では無いと申すのか……父と同じ言葉を……私に……」


 ユーノスの中でそれまで自身を支えていた何かが崩れ落ちた。


 騎士は剣を抜く。

 かつてロバリーハートへの忠誠を誓った証ともいえる剣。

 その最後の仕事を果たす為に――その刀身は美しく輝いた。


「止めろ!!」


 何をするか察したユーノスは再び暴れ出すが、更に強い力で抑えつけられる。


「ご安心くださいませ。閣下一人で逝かせたりはいたしません」


「止めろ!!離せ!!はな――」


 騎士の迷いのない一振りは、小さな風切り音だけを残してユーノスの首を切断した。


 そしてその剣を自らの首筋に当てて、ロットの方を振り向く。


「未練がましいようですが、殿下の治世をこの目で見てみたかったものです。しかし――そうも参りません。これからは冥府にて聞こえてくる話を楽しみに待っております。――それではこれにて失礼いたします」


 そう言い残し、騎士は己の首に当てた刃を引く。


 他の騎士たちも彼に合わせるように、次々に鮮血と共に倒れていった。


 その全てを静かに見届けたロット。



「見事である……。貴公らの騎士の誇り、そして――その忠義、確かに受け取った」


 その呟くような言葉は、シンの耳にだけ――哀しく届いていた。

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