第22話 アフリートの思惑
全速力で引き上げてくるディヴァイン隊。
その後方から押し寄せてくる、すでに万を超すウルフの群。
そして、姿こそ見えないが、正体不明の強大な魔物の存在。
混乱する兵士たちの中、アフリートの判断は素早かった。
砦へ攻撃を仕掛けていた隊を下げさせ、ディヴァインたちを援護すべく部隊を展開させる。
この事態を起こしたのがファーディナントではないという確信の下、押し寄せるウルフの迎撃と味方の救出に全神経を集中する。
現在ここに残っている戦力は約五万。
兵士たちに連日の疲れがあるとはいえ、十二分に対処出来る戦力だった。
「突撃――!!」
先陣を切ったのはマサラ伯爵の率いる一軍。
五人の子爵を長とする五隊から成る約五千の騎馬隊が、駆け付けた勢いそのままにディヴァイン軍の背後に迫っていたウルフの群れに正面から突っ込んだ。
衝突のあまりの勢いに、木端のように吹き飛ばされるウルフたち。
その様子を確認すると、他の部隊も群れの側面へ次々と攻撃を仕掛ける。
そして最後に退却していたディヴァイン軍が反転攻勢へと加わり、数の上でも上回ったロバリーハート軍がウルフたちの侵攻を完全に押し返す形になる。
「これ以上前へ出るな!!向かってくる敵を迎撃し、今の戦線を維持しろ!!」
マサラは自らの軍を壁として防衛ラインを作り、味方が撃ち漏らした敵を全て堰き止める。
「マサラ伯爵!」
指揮を執るマサラの下へ、馬に乗ったステュアートが駆け寄ってきた。
「おお、ディヴァイン伯爵。無事であったか」
「はい、お陰様で。救援ありがとうございます」
「なに、礼には及ばぬ。アフリート候の指示に従ったまでよ。それよりも、あれは何なのだ?貴公は近くであれを見たのであろう?何か分からないか?」
マサラは視線で禍々しさすら感じる魔力の渦の方を差す。
「ゴームスの話では乱魔流というものではないかと」
「何だそれは?」
それはマサラも初めて聞く言葉のようだった。
ゴームスから聞いた話を、「あくまでも伝え聞いた話ですが――」と前置きをして説明する。
「なるほど……現状はその話と酷似しているな……」
二人が話している間にもウルフたちの侵攻してくる勢いは目に見えて衰えていく。
「だとしたら、この場所とタイミングはファーディナントにとっては不幸中の幸いだったと言えるのか」
「はい、本来なら現れた魔物たちが国土を食い荒らしていたことでしょう。それが、戦力が集中したこの場所で、しかも敵である私たちまでが協力するような形で対処させられているのですからね」
あと少し退却の判断が遅れていたならば、自分たちがアレに飲み込まれていたかもしれない状況を思い出し、ステュアートの背中に冷たいものが流れた。
「まぁ、楽観的に捉えるなら、私自身はいろいろな意味で命拾いしたのかもしれませんが」
そう言って軽く肩をすくめる。
「あぁ、スフラのことか。あれはそうだな……貴公には少々荷が重い相手ではあるな」
マサラはステュアートに気を使って慎重に言葉を選ぼうとした。
「だが、万が一に備えて我らも後方で控えるよう命令が出ていたし、アフリート候は敵が動いてこないと分かっていたのであろう」
「はい、分かっております。我々はあくまでも牽制の為にあったのだということは。だからこそ、自分の力不足が悔しいのです。国の未来を賭けたこの戦いに参加しておいて、まだ何の成果も上げることが出来ていない我が身が不甲斐なくてどうしようもないのです……」
おもわず手綱を握る手に力が入る。
――聡明なこの若者には下手な誤魔化しは通じないのだな。
「貴公はまだ若い。この戦いが終われば、今後の国の未来を背負っていくのは貴公たち若者なのだ。たとえ今は弱くとも、その時に国を――民を護れるようになっていけば良いのだ。」
――今のその気持ちが、きっと彼を強くさせるだろう。
だからこそ、この戦いは絶対に勝利せねばならないと、改めて決意を強くする。
自分たちが卑怯者の誹りを世界中から受けようとも、自らが護るべき民たちの未来の為に。
「ご報告致します!」
アフリートの下へ次々と戦況を報告する伝令兵が駆け込んでくる。
「ウルフの出現が停止いたしました!」
その報告に大勢が決したと判断したアフリートは、マサラ軍以下、ウルフ討伐に関わっている全軍に殲滅次第、即時撤退するようにと命令を出した。
――あとは、あの不気味な魔力の渦と正体不明の敵だが。
「全軍に告げよ!!我らは後方の丘まで一旦陣を下げる!!」
――今は態勢を立て直しつつ、まずは敵の情報を集めねばな。
砦にも群れから分かれたウルフたちが突撃しており、守備隊と外に配置されていた遊撃部隊がその対応に追われている。
スフラの軍もまだ戦っているようだし、一旦引くなら今が好機と踏んだアフリート。
――それに、お前たちは逃げ出すわけにはいくまい?
今は不確定要素があまりにも大きな危険な状況だが、それならばファーディナントにその虎の尾を踏んでもらえばいい。
さすがに共倒れとまでは期待しないが、どちらが勝つにしても大きな痛手を負うはず。
長く停滞していた戦況が、ここにきてロバリーハート軍にとって好転する可能性が出てきていた。
――もしかすると、これが言っていた強力な援軍なのか?
一瞬そんな考えが頭をよぎったが、すぐにそんなことはどうでも良いことだと思った。
今はこの状況をどうにかして自分たちの味方にしなければならない。
利用できるものは、それがたとえ魔物であろうとも利用して、この戦いに勝たなければならない。
――この命は愛する祖国のために。
彼の心の中には生涯不変の強い想いがあった。
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