きみしかいないし。〜平凡少女、学校で一番の美男と美女に溺愛される〜

紫波すい

1.たぶん間違えてます


 心臓が、縄跳びをしている。


 授業が終わるまでは、ぴょんぴょんと普通に飛んでた。それがいざ「来ました放課後!」となると、二十跳びとかあや跳びとか、縄跳び界には詳しくないけど、とにかく心臓の主には絶対にできない、複雑な飛び方を始めたわけだ。


 正直、吐きそう。心臓、口から出そう。


「おちつけぇ〜、わたしぃ〜……かんたんな、おしごと、なんだからぁ〜……」


 呂律が上手く回らない。ゾンビの呻き声を真似してるみたいだ、華の女子高生が出して良い音声ではない。幸い、指定された「わんぱく公園」に続く並木道には誰の姿もなかった。


 そう。これは簡単なお仕事なのだ。


 スマホという文明の利器が普及しきった、この現代社会で。わざわざ「わんぱく公園」のある場所の地図を、多分だけども定規とか使って丁寧に書き記した、この……正真正銘、紙の、手書きの恋文。


 宛先には「神崎かんざき あや」とある。

 神崎絢は私の名前だ。この手紙が入っていたのは私の靴箱だ。


 でも、違う。私のはずがない。

 だから私は、こう言って手紙を返すだけで良い。


『宛名、間違ってますよ?』


 手紙の差出人は、きっと……

 私を、私の親友と間違えている。






 市立、晴野はるの東高校、通称「東高」には、ルックスの絶対王子と絶対王女がいる。


 絶対王子のお名前は、長谷川はせがわ ゆき。2年2組所属。


 そして絶対王女の名は、香芝かしば あん。2年3組所属。私の現クラスメイトであり、小学2年生の頃からずっと、私の親友をやってくれている。


『わたしの親友から離れろ、有象無象どもめが』


 忘れもしない、小学5年生の秋。ちょっとしたことで数名の男子に揶揄からかわれ、思いっきり泣きべそをかいていた私の元へ駆けつけた杏が放った台詞だ。


 「氷姫こおりひめ」と囁かれる涼やかな美貌、その背後から放たれる殺気に、有象無象どもは脱兎もびっくりの速さで散って行った。


『うえっ、えっ、えっ……ありがとぉ、あん……ひいっ……』


 安堵のあまり、可愛いどころか嗚咽とか若干汚い感じでぼろぼろ泣いた私。涙と鼻水に塗れたくしゃくしゃな顔を、白いレースのついたハンカチで惜しげもなく拭きながら、杏は、


『あやは、わたしが護るから』


 漫画に出てくるどんなイケメンよりも、私の胸をきゅんと言わせた。


 容姿、知力、運動神経。その全てにおいて平凡ロードを邁進する私が、今日までイジメの対象にならず生きてこられたのは、杏ガードがあったからと言っても過言ではない。


 杏はすごい。

 容姿はお姫様みたいだし、テストの成績は常に学年で3位以内に入っているし、去年の体育祭ではバスケと対抗リレーで大活躍したし。


 杏は、すごい。

 いつも私と一緒にいてくれるけど……私がキラキラしたことが一度もないように、杏がキラキラしていなかったことは一度もない。


 当然、同性からも異性からも、めちゃモテだ。


 だから……これまで何度も杏宛ての手紙を託されてきた私には分かる。


 私の手の中にある、長谷川雪……

 つまり絶対王子からのお手紙は、絶対王女に宛てられたものなのだ。


 そうである、べきなのだ。





「はぁ〜……」


 最近買い替えたスニーカーで、夕陽にも染められないコンクリートの上をぺたぺた歩いていく。暑いんだか寒いんだか分からない、中途半端な季節だ。


 宛名を間違えるうっかりさんは、流石の私でも初めてである。しかも、これから「アナタはうっかりさんですよ!」と伝えなきゃいけない相手は、杏と並ぶほどの顔面国宝なわけで。


 そりゃ、告白を真っ向から受け止めるより、ずっと簡単なお仕事だよ。それでも緊張しますとも、お昼に食べたバナナメロンパンを戻しそうですとも。美女耐性はがっつりあるけど、美男耐性はあんまりなんだよ私は。


 大丈夫かな、至近距離から見たら目つぶれたりしないよね? 両目ともに視力2.0なのが、唯一とも言える取り柄なんですけど……


 ……はっ!? 待て待て、そもそも本当に「わんぱく公園」に長谷川くんはいるのだろうか?


 もしや、これは罠なのでは? 「わんぱく公園」で待っているのは長谷川くんではなく、たとえば……たとえばそう、香芝杏ファンクラブの過激派だったりするのでは? 告白は告白でも、ずっとお前が邪魔だったのよ、的な絶望的告白なのでは!?


 くそう、もっと早く気づくべきだった、だとしたら絶対行っちゃ駄目じゃん! ……うえっ!? ああっ、いつの間にか「わんぱく公園」と書かれた看板が目前に!?


 私は咄嗟に、一番傍にあった木の幹に身を隠し、公園の敷地内をきょろきょろと観察……ああっ、観察するまでもなく見つけてしまった! いらっしゃいました長谷川雪、本人で間違いありません!


 遊具と呼べるものがブランコと鉄棒と砂場しかない、とても小さな公園。何の木なのか分からないけど、この辺りの守り神ですって言われても納得な、とんでもなく立派な木がある。


 長谷川くんは、自分以外誰もない公園の中央に立って。夕陽に横顔を染められながら、守り神様をぼんやりとお眺めになられているみたいだった。


 うーん、絵になるなあ。


 ……絵になるなあ、じゃない! さっさと行くんだ神崎絢! 現れたのが学校一の美少女ではなく、そういえば大体その隣にいたかも、という平凡っ子だったら、きっとがっかりさせちゃうだろうけども! だけどもそれは、本当に申し訳ないけど、長谷川くんも悪いと言いますか……!


「ひっ、」


 危うく、呼吸が、止まっちゃうところだった。

 私の世界の中心で、あ、と唇が動く。


 それは春のこと。高校2年生になったばかり、ゴールデンウィークが明けたばかりの5月のこと。


 季節外れの雪は、目と目が合っただけで……側から見れば完全に不審者だった私を、かちこちに凍らせてしまったのだった。






〜〜〜〜〜〜〜〜


はじめまして、作者の紫波と申します。

拙作をお読みいただき、ありがとうございます!

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