目的を果たした後

 東の果てをついに目にしたユウは静かな感動を胸にイーペニンの町を後にした。わずか1日の滞在だったのは他に見るべきものがなかったのとカウンの町よりも物価が高かったからだ。


 感動の後に残念な現実へと引き戻されたユウとトリスタンの帰路は2人旅だった。護衛の仕事が引き受けられなかったのはもちろん、同行できる荷馬車すらなかったからである。おかげで獣の危険に曝されて夜の見張りは大変だった。


 しかし、悪いことばかりではない。周りはひたすら平原で何もないので、昼間はパーティメンバーだけでゆっくりと話すことができたからだ。


 すっかり秋らしくなったある日、東端の街道を歩きながらトリスタンがユウに顔を向けた。暖かい日差しを受けながら問いかける。


「ユウ、これでお前の目的は果たしたが、これからどうするつもりなんだ?」


「それなんだよねぇ。大きな区切りがついたせいか、ちょっと何も思い付かないんだ」


 歩きながら腕を組んだユウが難しい顔をした。そのまま黙ってしまう。


 現在の古鉄槌オールドハンマーには明確な目標がない。先日までなら東の果てを見るというぼんやりとしたものであっても向かうべき先があったが、今はそれすらない状態だ。そのため、これからどうするべきかということが定まらないでいる。


 今すぐに決める必要はないものの、早いに越したことはなかった。具体的にはカウンの町に到着するまでに決まるのが理想的である。すぐに次の行動に移れるという理由もあるが、東端地方での支払いが銅貨単位なので生活費がかさむという切実な懐事情もあった。酒場での飲食代が高いのだ。


 他にも、行き先によってはこれからの気候が大きく影響してくるという環境の問題もある。東端地方の冬は厳しいので北モーテリア海側へ向かうとすれば冬が到来するまでの方が良いからだ。今後の目標によっては一旦引き返すことも視野に入れないといけない。


 そうしたさまざまな事情からユウとトリスタンは頭をひねった。しかし、いざこういうときになるとなかなか何も出てこないものだ。2人はしばらく無言で歩いた。


 やがてトリスタンがぽつりとつぶやく。


「今度は西の果てに行ってみたいな」


「え? 今何て言ったの?」


「西の果てに行きたいって言ったんだ。俺はまだ行ったことがないからな」


 目を向けられたユウは曖昧な返事をした。西の果て出身のユウからすると意外な提案だが、トリスタンからすると東の果てと同じくまだ行ったことがない場所だということに気付く。


「そう言えばそうだったね。なら、次は西の果てに行ってみようか」


「お、いいのか?」


「構わないよ。そうなると、どんな経路で向かうかだよね」


 相棒から顔を逸らしてユウは考え込んだ。単純に故郷へ戻るというだけならば、やって来た道を戻るのが最も確実である。しかし、ユウの場合その選択はできなかった。途中に遺跡から転移した場所があるのでたどれないのだ。また、そんな事情があるので、引き返すことが必ずしも西の果てへと近道とも限らない。


 そこまで考えたユウはトリスタンへと目を向ける。


「トリスタン、今度は北回りで西の果てに行ってみない?」


「何かあるのか?」


「西の辺境から出発して、南の辺境、トリスタンの故郷近辺、そして東の辺境って回ってきたから、今度は北の辺境を回ってみたいっていうのが一番の理由かな」


「どうせなら東西南北全部の辺境に行きたいってわけか。引き返すのが一番手っ取り早いんだろうが」


「僕の場合それはできないんだ。前にも話したことがあるけど、僕、旅の途中で遺跡の中から魔方陣で転移してきたから」


「あーあったな。そうか、来た道を引き返せないのか。そりゃ厄介だ」


「そういう理由も合って北回りで行きたいんだよ」


「この地方でも冬になると雪が降って無茶苦茶寒くなるっていうのに、更に北かぁ」


 苦笑いとも渋いとも受け取れる表情をトリスタンが浮かべるのをユウは目にした。大陸でも南の方に位置する場所出身の相棒にとっては歓迎できないことは理解できる。


「他にも、辺境だと冒険者の仕事は見つかりやすいけど、中央だと見つかりにくいから路銀に苦労しそうだからっていう理由もあるんだ」


「それきついよな。地元の冒険者だけで仕事を回している場合もあるし」


「辺境だとその点危険もあるけど仕事もあるから何とかなると思うんだよね」


「なるほどな。でも、今から北に向かうとなると、冬の寒さが厳しいよな」


「そこは防寒対策をすることでしのぐしかないよ」


「ここで前に古着屋巡りをしたときの下調べが活きてくるわけか。うまく繋がったもんだ」


「僕もそう思うよ。ということで、次の目的は西の果てに向かうこと、経路は北回りでっていうことで良いかな?」


「いいぜ。今度はユウの里帰りといこうじゃないか」


 にやりと笑ったトリスタンにユウは苦笑いした。地元に残っている知り合いと会えば色々と昔の話で花を咲かされてしまいそうである。


 ともかく、これでパーティの目標は決まった。そうなると次はそのための準備である。


 カウンの町にたどり着いたユウとトリスタンは休むために数日間町に滞在することにした。そして、並行して店を巡って必要な物を買ってゆく。


 その買い物の中で今回最も大きなものは毛皮製品の購入だ。衣類はただでさえ高いのでそれらをまとめて買うとなると当然値段も張る。


 事前に下調べをしていたユウとトリスタンはもちろん値段も知っていた。しかし、いざ買うときになるとその高い値段に息が詰まりそうになる。


「毛皮製の帽子、全身を覆える毛皮製の外套、毛皮製の手袋、そして毛皮製のブーツか」


「全部で銅貨210枚くらいだったかな」


「うげぇ、金貨1枚以上じゃないか!」


「そうなんだよね。ひとつずつ買い揃えてゆくならともかく、いっぺんに買うとなるとさすがにこれは」


 手に持った毛皮製の外套を見ながらユウも少し顔を歪めた。これから寒さが厳しくなるので寒さ対策として毛皮製品が必要になることは理解している。本格的に寒くなる来月も約半月先と迫っていることもだ。しかし、感情はやはり値段を見てしまうのである。


 更には品質の問題もあった。貧民街にある古着屋なので仕方ないのだが、品質が悪いのだ。これから東端地方だけでなく冬の大陸北部を回るにはいささか不安がある。


「町の中ならもっと質が良いんだろうけど」


「ユウ、入場料の銀貨1枚が霞んで見えるくらいの値段が消えるぞ、それは」


「そうなんだよね。となるなと、やっぱりここでこれを買うしかないかな」


「帽子と手袋は今回様子見でもいいんじゃないか?」


「どうせ後で買うんだったら今買っても同じだよ。それに、前に聞いたじゃない」


「ああ、凍傷か。冷えすぎて体の一部が死んで腐るってやつ」


 イーペニンの町へ向かう途中で聞いた話を思い出したトリスタンが顔をしかめた。凍傷自体はトリスタンも知っているが、そんな症状に簡単になってしまう気候というものに身震いする。


 散々話し合ったユウとトリスタンは結局毛皮製品一式を買い揃えた。ちなみに、ユウが店主と値段交渉をしてみたが取り合ってすらもらえない。冬目前の今の時期は買い手も多いのだ。


 とりあえず必要な物は買えた2人はその夜酒場へと向かった。カウンター席に座って料理と酒を注文する。その際に必要な金額を支払った。


 去って行く給仕女をちらりと見たトリスタンがため息を漏らす。


「しっかし、何かにつけて物の値段が高いよな。まるで町の中にいるみたいだ」


「毛皮製品はあれでもましな方だったじゃない。ウール製や麻製の服なんて他の場所の倍もするんだから」


「こっちではなかなか作れないから輸入に頼っているんだったか。そりゃ高いよな」


「反対に、革製品や毛皮製品はこっちで原材料が手に入るから手頃な値段だって店主は言っていたよね」


「それであの値段か!」


 天を仰いだトリスタンがため息をつく様子を見てユウは黙った。ユウにも思うところはある。


 やって来た給仕女が料理と酒をカウンターテーブルに置いた。どんなに嘆いても腹は減る。2人は食事を始めた。


 しばらく食べてからユウがユウがつぶやく。


「これからは酒場で食べるのは夕飯だけにしようかな」


「そうだな。今日の出費も痛かったし、節約するか」


「干し肉と薄いエールが安いのは救いだね」


「黒パンも安かったじゃないか。朝と昼はあれも追加しようぜ。ささやかなごちそうだ」


 肉を口に放り込んだトリスタンにユウはうなずいた。さすがに3度の食事が旅の途中と同じなのは避けたいので、食事に1品増やすことに反対はしない。


 これでこの地方で活動する方針は大体決まる。結局、前に聞いた地元の冒険者の平均的な生活とそう変わらない。


 なるほどとユウは納得した。

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