行商人の正体

 海賊の襲撃後は片付けで忙しいのだが、『黄金の梟』号ではそれに加えて行商人襲撃事件も取り扱わなければならなくなった。この忙しいときに更なる仕事を増やしてくれた冒険者のカーティスとグレンに対する船員の当たりは強い。


 知り合いが事件に巻き込まれたものの、自分たちは事件と直接関係のないユウとトリスタンはいつも通り船の仕事をこなしていた。一度船長のヴィンセンテから事情聴取を受けたきりで何もない。


 それよりも2人が当面気にしていたのは海賊と戦ったときの戦果だ。特別報酬に直結するので確認は真剣である。その結果、なかなかの収入増となった。


 港を出発して18日目、船はまだ海上を北東に進んでいる。予定ではこの日に入港するはずだったが、色々とあって予定通りにたどり着けなかった。船旅ではよくあることだ。


 この頃になるとユウとトリスタンは食事のときにほぼいつも船員と話していた。大抵はあの赤っ鼻の船員である。食事用の袋に手を突っ込みながら他愛ない話をするのだ。しかし、たまに重い話もあった。


 少し気遣わしげにユウが赤っ鼻の船員へと話しかける。


「今日はいつもより元気がありませんよね。朝一番から疲れているように見えましたよ」


「おう、聞いてくれ。実は昨日の晩、船長の尋問に付き合わされたんだ」


「え、あの2人のですか?」


「そうなんだ。1日の仕事が終わって更にあれだぞ。もうたまんねぇ」


「でもどうしてあなたなんです?」


「目に付いたからだとさ。誰でも良かったらしい」


 あんまりな理由にユウは顔を引きつらせた。心身共に疲れた状態でやりたいことではない。


 黙るユウに代わってトリスタンが赤っ鼻の船員へと問いかける。


「それで、何かわかったのか?」


「おう、わかったぞ。あのカーティスとグレンは、裏で盗賊ギルドからあの行商人を殺す依頼を受けていたらしいんだ」


「なんだって? 冒険者がそんな非合法の依頼を受けていたっていうのか」


「報酬に釣られたって吐いてたな。1人金貨5枚らしい」


「行商人1人殺すのに2人で金貨10枚も払うのか。なんだか嘘くさいな」


「オレも盗賊ギルドが本気で払う気なんてねぇと最初は思った。けど、前払いで金貨1枚をもらったらしい」


「どうして盗賊ギルドはそんなにあのダンカンを殺したがったんだ?」


「あの2人はその辺の理由は聞いていないとしゃべってたな」


 肩をすくめた赤っ鼻の船員は首を横に振った。非合法組織が非合法な依頼をするのだから理由など教えるはずもないとトリスタンも納得する。


 一方、ユウは少し首をひねった。盗賊ギルドは主に都市部に拠点を構える犯罪者集団だ。生業は主に窃盗で殺人は避ける傾向にあると聞いたことがある。官憲が本気になって捜索するのを避けるためらしい。しかしそうなると、なぜ今回に限って強硬手段に訴えたのかがわからなかった。


 気になったユウは赤っ鼻の船員に尋ねてみる。


「行商人のダンカンには事情聴取はしたんですか?」


「おう、あの2人の話を元に船長がやったよ。そしたら、あの行商人、スチュアの町で欲張って無茶な取り引きをして相手と揉めちまったらしいぞ。それで殺傷沙汰になって慌ててこの船に逃げ込んできたんだとさ」


「盗賊ギルド相手に無茶なことをしたのかなぁ」


「いや、直接何かをしたわけじゃないようだぞ。ただ、相手が盗賊ギルドと関係があったのかもしれんとは言っていたが」


 赤っ鼻の船員の話を聞きながらユウは乗船直後のダンカンから聞いた話を思い出した。あの話がこれほど深刻なものだったとは予想外だ。


 次いでトリスタンが疑問を口にする。


「でもよくそんな訳ありの行商人を船長が乗客として迎えたな」


「それなんだけどな、あの行商人、船長にウソをついていたんだ。何でもあの怪我はスチュアの町にやって来るときに盗賊に襲われて傷つけられたものだってな」


「えぇ、そうなのか」


 嫌そうな顔をしたトリスタンが絶句した。


 ユウも同じ気持ちである。まさかダンカンの嘘に自分たちが利用されていたとは思わなかった。あの陽気な行商人を信じられなくなり始めていた。


 そんな2人に対して赤っ鼻の船員が更にしゃべる。


「話のつじつまは合ったんで、船長もこの件はもう終わりにするつもりだそうだ。あの2人は次の港町で官憲に引き渡されることになってる。本当はすぐにでも海に捨てちまいたいが、盗賊ギルドの件があるからな。とりあえずおかの連中に任せるんだと」


「ダンカンの方はどうなるんですか?」


「次の港町で降りると自分で言ってきたからそうさせるらしい。一応被害者だが、あいつはあいつで後ろ暗いことがあるってわかったからな。こっちも引き止めることはしねぇ」


 結末を聞いたユウとトリスタンは何も言わなかった。船の船長が下した判断なので臨時雇いの自分たちがとやかく言うことではないし、大体妥当だとも思えたからである。


 何とも暗い気持ちにさせる事件であったが、こうして船上での行商人襲撃事件は解決した。




 夏という季節の夜は基本的に寝苦しいものだ。風が吹けば話は変わってくるが、締め切った室内だと更に暑苦しくなる。


 船員室はまさにそうだった。申し訳程度に小さな窓が開いているが、室内で眠る船員の数からするとまったく足りない。


 こういったことにもある程度耐性があるユウだが、それでも我慢の限界というものはあった。今回の船旅は真夏ということもあって外に出ることが多い。


 この日もユウは耐えきれずに船員室を出た。甲板に出てそよ風に体を曝す。潮風が気持ち良かった。


 柔らかい月明かりの下、ユウはぼんやりと船体を眺めていると船首付近に人影を見つける。近づいてみると誰だかはっきりとした。ダンカンである。


「前もこうやって会いましたね」


「そうですね。船の中は暑いですから」


 苦笑いをするダンカンにユウは近づいて話しかけた。それきり黙る。話しかけてから何を話そうか何も考えていないことに気付いた。


 そんなユウに対して顔を向けないままダンカンが話しかける。


「そういえば、前はお互いに身の上話なんてやりましたね」


「あれって本当のことだったんですか?」


 元々あった疑念が膨らんできていたユウは尋ねた。とはいっても、別に怒っているわけではない。良い気はしないが実害はないからだ。なので、これは純粋な疑問である。


 特に話すことのないユウは黙ったままだった。夜風に当たりに来ただけなので、このまま会話がなければ離れるだけである。


 しばらくはどちらも揺れる甲板の上で波の音を聞いていた。すると、ダンカンが口を開く。


「あるつまらない男の話をしましょう。その男は孤児で、幼い頃にとある小さな暗殺者集団に拾われました。とても厳しい修行を課せられて同じ孤児が消えて行く中、男ともう1人の男だけが大人にまで成長することができました。そして、何年もたくさんの仕事をしていろんな悪いことをしました。でも、男にとってはその暗殺者集団が唯一の居場所なので、自分の境遇に不満はありませんでした」


 突然始まった話をユウはじっと聞いた。ダンカンは相変わらず顔を向けない。


「ところが、その小さな暗殺者集団は突然2人を残してみんな死にました。敵対していた大きな盗賊ギルドに襲われたからです。怒った男は盗賊ギルドに復讐することにしました。そして、何人かを殺したある日、実は自分と同年代のもう1人の男が裏切っていたことを知ります。男は何年もかけて追いかけました。そしてついに先日、もう1人の男を討ち取ることができました。けじめを付けた男はその後、船に乗って新天地へ向かおうとしました。危うく盗賊ギルドの魔の手にかかりかけましたが、ただの冒険者にやられるほど男は弱くありません。これを返り討ちにして難を逃れました。めでたしめでたし」


 話し終えたダンカンがユウへと振り向いた。そして、苦笑いをする。


「うーん、吟遊詩人ではないのでうまく物語を紡げないですね」


「内容はわかったんで、良いんじゃないですか」


「そうですか。それは良かった」


「でも、どうしてそんな話をしたんですか?」


「前にユウが身の上話をしてくれたからですよ。そのお礼です」


「今の話は本当の話なんですか?」


「その男にとっては」


 その男が誰かのかはユウにもすぐにわかった。わざわざ危険を冒してまで自分に話す心情は推し量れないが、今更返却することもできないのでそのお礼は受け取っておく。


 ただ、振り返ってみれば、具体的にはわからなくても初めて出会ったときからずっと利用されていたであろうことは推測できた。それを思うと、自分の立場をこのくらい危険に曝してくれるのは当然ではないかともユウは思う。


 思わぬ話を耳にしたユウは、そのまま黙ってダンカンから離れた。

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