念願の港町
天気の良い昼前、荷馬車に揺られているユウの鼻が磯の香りを感じ取った。内陸とは明らかに違う塩気のある風だ。この香りが感じられるということは海が近いということである。いよいよ目的の町に到着するのだ。
エンドイントの町はクロート王国の王都である。鉱石の川の河口にある港町で鉱石を船に積み込む拠点であり、各地の品物を船から積み降ろす場所でもあった。そのため、海を経て各港町との結びつきがある。
そんな町に故アールの隊商はついにたどり着いた。昼下がりを過ぎた辺りに先頭の荷馬車が町の郊外へと差しかかる。しかし、いつもなら原っぱに逸れて停車するはずの荷馬車はそのまま町へと向かって進んだ。
いつまで経っても原っぱに入らないことにトリスタンが首を
「あれ? これ、どこに行くんだ?」
「町の中に入るそうだよ。昨日ウィリアム団長に聞いたんだ」
「へぇ、俺たちも一緒に入るんだ。普通は原っぱでさよならなのに」
「そこは隊商と傭兵団の契約の関係じゃない? 僕たち冒険者は傭兵団に雇われているから同じ扱いなんだと思う」
「なるほどなぁ」
基本的に町の中によそ者を入れたがらない町民の商売人は、町に入る前に原っぱで一旦停まって雇っている傭兵や冒険者を降ろしてから町の中に入るものだ。もちろん例外はいくらでもあるのだが、貧民出身者が多い傭兵や冒険者を町の中に入れるのはやはり珍しい。
のんきに雑談をしていると、ユウとトリスタンが乗る荷馬車が行列の脇を進んでゆく。最初2人は何の行列かわからなかったが、一旦停止してすぐにまた動き出してから目にしたもので検問所の行列だと知った。
跳ね橋を渡る荷馬車の上でユウが目を見開く。
「行列に並ばなくても良いんだ。どうしてなんだろう?」
「確か、ギデオン商会ってこの町の有力商会だったよな。ということは、特別な通行証でも持っているんだろう」
「あれって大商人でないと持てないんじゃなかったっけ?」
「だから大商人なんだろうさ」
町の中の事情なら詳しいトリスタンがユウに答えた。その表情は何ともいえないものである。
景色が町中に変わり、大通りを1度曲がった。しばらく進むと倉庫街に入る。そこのとある倉庫の前で荷馬車が停まった。ついにたどり着いたのだ。
荷馬車を降りたユウとトリスタンは持ってきた自分の
周囲を見たユウは商売人や人足が忙しそうに働いているのを目にした。たまにこちらへと目を向ける者もいるが長く留まることはない。
ウィリアム団長からの集合の声を耳にしたユウは踵を返して向かう。動ける傭兵や冒険者が集まっていた。
配下の者が全員いることを確認するとウィリアムが目の前の者たちに話しかける。
「長かった隊商の護衛もたった今を持って完了となった。盗賊や魔物の襲撃を何度も撃退したお前たちはよくやってくれた。我々
話を聞いていたユウは知り合いの傭兵との雑談の内容を思い返していた。その男によると、荷馬車を3分の1失った今回の仕事は失敗と商会に判断される可能性が高いそうだ。赤字はほぼ確実で、特に隊商長の死亡は大きな失点になるという。
その意見にユウも賛成だった。今回の隊商が運び込んでいる品物は大半が穀物らしいが、飢饉でもない限りそう高値で売れるものではない。その品物を3分の1も失ったとなると原価を回収するのも難しいと思われた。
他にも色々と話をしていたウィリアム団長だったが、いよいよ話を締めくくる。
「以上のことを踏まえて、しばらくの間は英気を養っていてほしい。それでは、これより今回の報酬を手渡す。名前を呼ぶから1人ずつ前に出てこい」
この言葉を持って話を聞いていた傭兵と冒険者全員の緊張が完全に切れた。20人程度の集団がざわめき始める。
それはユウとトリスタンも同じだった。背負う背嚢を揺すって再調整したトリスタンがユウに話しかける。
「はぁ、やっと終わったな。それにしても、ウィリアム団長はこれからが大変だ。商会から報酬をもらう交渉をしないといけないし、何より傭兵団を再建しないといけないもんな」
「ここに来ている傭兵の人って12人だよね。最初は30人だったのに」
「えぐい減り方だよな。まぁ、失敗するときはこんなものなのかもしれない。死人側でなくて良かったよ」
傭兵たちが報酬を受け取ると、次は冒険者が1人ずつ呼び出された。傭兵と同じように報酬を受け取っていく。ただし、傭兵とは違って元気がなかった。打ちのめされているように見えた。
その様子を見ていたユウが微妙な表情を浮かべる。
「あの2パーティ、これから大変だよね。
「らしいな。だから傭兵団との契約もこれまでだそうだ。さすがにああなるとな」
「チャーリーの
「あそこはこれから失ったメンバーの代わりを探して、人数が揃ったら傭兵団との契約を続けるそうだぞ」
「続けたいんだ。というか、それなら
「そこはどうなんだろうな。おっと、ユウ、呼ばれたぞ」
相棒に指摘されたユウはウィリアムの元へと近づいた。かすかに微笑みながら団長に目を向ける。
「ユウ、これが今回の報酬だ。よくやってくれた」
「ありがとうございます。確かにありますね」
「かなり稼いだな。ところで、お前とトリスタンはこれからどうするんだ?」
「旅を続けますよ。まだ具体的にどうするかは考えていませんが」
「だったら、その考えが決まるまで
「遠慮しておきます」
「そうか、残念だ。なら、契約はこれまでだ。今までご苦労だった」
「はい、それでは」
誘いを断ったユウは受け取った報酬を懐に入れるとその場から少し離れた。次いでトリスタンが報酬を受けるために前へと出る。こちらは何も言われず、報酬の受け渡しだけで終わった。これで今回の仕事は完遂である。
隊商に背を向けたユウとトリスタンは機嫌良く歩き始めた。報酬を受け取った仕事の後はいつもこのような感じだ。懐に幸せを感じるのだから当然といえた。
大通りを1つ曲がった頃、トリスタンがユウに顔を向ける。
「ユウ、ちょうど町の中にいるから、商館に寄っていかないか?」
「酒場みたいな感じで言うね。どうしたの?」
「今回また稼げたからさ、宝石をちょっと買っておこうかなって思ったんだ。幸い、今はタダで町の中に入ったからな。この機会を活かしておきたいんだ」
「戦利品の金額が大きかったもんね、今回は。だったら僕も砂金を少し買おうかな」
手元に残っているセレ貨幣のことをユウは思い出した。海洋国家であるクロート王国の貨幣を持っていれば、別の海洋国家であるセレ王国の貨幣は必要ない。今のうちに使える場所で砂金に替えておいた方が良いと考えた。
そうなるとユウが持っている商売人の紹介状が必要になる。考えをまとめたユウはトリスタンにうなずいた。
やるべきことをすべて終えたユウとトリスタンは今、町の外の酒場にいた。そろそろ夕方という頃である。店内にはまだあまり客はいない。なので今日はテーブルを2人で占めていた。
目の前に並べられた料理と酒を見て目を輝かせた2人は一斉に手を付ける。仕事の解放感と相まって一層旨く感じられた。
口の中の油をエールで洗い流したユウが木製のジョッキをテーブルの置く。
「はぁぁ、やっと港町に着いたねぇ」
「とりあえず、この辺りじゃここが東の果てだよな。ユウ、これからどうするんだ?」
「船に乗ってみたい。川の船は前に乗ったことがあるから、今度は海の上を走る船に」
「あーあれなぁ。床が揺れるのが落ち着かなかったよな」
「でも、あの程度の揺れなら別になんていうことなかったでしょ」
「確かに。次は船かぁ。ところで、船に乗ってどこに行くんだ?」
「まだ何も考えていないよ。それはこれから調べるんだ。今なら時間も蓄えもあるから焦る必要ないし」
「なるほどな。だったら、当面はゆっくりするか」
「どこに行けるのかのんびり探そう」
相棒の賛意を得られたユウは嬉しそうにソーセージを摘まんだ。口の中に広がる油を楽しみながらエールを流し込む。
これから何があるのかはわからない。だが、余裕のある今のユウとトリスタンはその不安定さを楽しめている。
解放感にひたる2人はその日遅くまで酒場で騒いだ。
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