襲撃後の後始末
突然の襲撃を受けた後、アールの隊商の面々はしばらく呆然として何もできなかった。しかし、いつまでもぼんやりとはしていられない。戦いは終わったが、燃えている荷馬車はまだあるのだ。皆が急いで消しにかかる。しかし、既に手の施しようがないものもあった。最終的には5台の荷馬車を失う。
戦いの興奮から徐々に冷めてくると、今回の襲撃のおかしな点が浮かび上がってきた。これが盗賊の襲撃なら荷馬車か品物を奪うはずだが、そんなそぶりは一切見せなかったのだ。それどころか、最初から火矢を射かけて積極的に荷馬車を燃やそうとしていた。また、襲撃者は小汚い盗賊ではなく、割とこぎれいな傭兵のように見えた。劣悪な装備はなく、武具の手入れもしっかりとしてあったのだ。
しかし、そんな謎がどうでもよくなるくらい隊商の損害はひどかった。前に2台を失って今回更に5台を失い、しかも隊商長のアールも死亡してしまったのだ。他にも、隊商に所属する人足も3分の1が殺されていた。隊商として非常に手痛い損害を受けてしまっている。
手ひどい被害を受けたのは隊商だけではない。傭兵団
もちろんこの中で冒険者パーティが無傷であろうはずがない。
本当にひどい有様であった。
生きている人間の確認が終わると、傭兵団としては重要な戦果確認を始めた。報酬に直結するだけに誰もおろそかにはできない。そして、最も揉める作業でもあった。
今回も大乱戦だったということで確認作業は難航することが予想されたが、実際には割とあっさり終わる。何しろ傭兵と冒険者を合わせて4分の1が死亡してしまったせいで、意外に名乗り上げる者たちが少なかったからだ。目ざとい者はここぞとばかりに戦果を横取りしたのかもしれないが、それを正せる者は生きていなかった。
ここまでで襲撃当日は夕方を迎えたので作業は中断となる。続きは明日に持ち越された。
1日の作業が終わったユウとトリスタンは最後尾の荷馬車に戻っていた。傷の手当ては終わっているが微妙に痛みが残る。
座って干し肉を囓っていたユウが呻いた。情けない顔をする。
「せっかく前の傷が治ったと思ったのに、また怪我をしちゃったよ」
「今回の仕事は特にひどいよな。これ、薬を使わせてもらえなかったら結構な出費だったぞ」
「本当にね。けど、大変な襲撃だったじゃない。徒歩の集団や隊商に化けて襲ってくるなんて。しかもいきなり火矢だよ」
「つまり、襲ってきた連中は盗賊じゃなかったということか。何が狙いだったんだろう」
「おまけに襲ってきた人たち、結構良い装備をしていたじゃない」
「あれのおかげで俺たち潤ったよな。いい値で引き取ってもらえたし。ユウなんてみんな頭を潰していたから武器も防具もきれいなものだったんだろう?」
「あーうん、それはそうなんだけどね。盗賊騎士のときほどじゃなかったけど、あれは嬉しかったな」
「
「それは本気で言っているの?」
「もちろん冗談だよ。ともかく、俺たちがいい目を見られるくらい装備のいい敵だったわけだ。結構動きも良かったよな」
「1度に4人を相手にしたときはさすがに怖かったよ。あのときは僕1人だけだったし」
「俺が前の様子を見に行っていたからなぁ」
「荷馬車の護衛が2人以上必要なのが実感できたよね、今回」
「まったくだ」
しゃべっていた2人はそこで干し肉を囓った。外の景色を見ながらゆっくりと噛む。飲み込むと小さく息を吐き出した。
水袋を手にしたユウがそれに口を付けると、トリスタンが声をかける。
「ユウ、エンドイントの町まであとどのくらいだったっけ?」
「確か今日で4日目だったから、距離は残り2日ちょっとじゃないかな」
「あと2日かぁ」
「まだ後片付けが終わってないから、明日も昼頃まで動けないと思うよ。だから時間にしたら3日じゃないかな」
「後片付けの分かぁ。面倒だよなぁ」
「僕たちはたぶんずっと穴掘りだよ、絶対に」
「だよなぁ。今回知り合いの傭兵が何人か死んだからちょっと気が重いや」
「あー、僕の方は生きているけどもう戦えないっていう知り合いがいるよ」
「それはつらいな。この後どうやって生きていくんだろう」
「ウィリアム団長が仕事を紹介してくれたらいいんだけどな」
「どうだろうね。傭兵団って町で顔が広いのかな」
「有名なら顔は広いんじゃないか? ただ、どれだけ口利きができるかは知らないが」
「そうだよね。基本みんな貧民だから、新しい仕事先もそれなりだろうし」
「そんなだから、そのときそのときを楽しんで後のことを考えない連中が多いんだよな、傭兵も冒険者も」
「途中で死んじゃったら、お金を貯めていても意味がなくなるしね。難しいな」
自分の
そこまで考えたユウは全然別のことを思い出す。
「そうだ! まだエイベルさんを見かけていないけど、トリスタンはどうなったか知っているかな?」
「あの人なら、今は傷の手当てをしてどこかの荷馬車で寝ているはず。手当てした知り合いの傭兵から聞いた話だけど」
「生きていたんだ」
「なんだ? 予想外だったのか?」
「違うよ。あの人が死ぬところってあんまり想像できないから、やっぱりって思ったんだ。何でもうまく切り抜けそうじゃない、あの人って」
「言われてみればそうだな。立ち回りがうまそうっていうか」
「何かそのときになったらウィリアム団長も盾にしそう」
「ははは! それはひどいな。でも、団長だったら真っ正面から殴って解決しそうだから、案外盾としては優秀かもしれん」
お互い言い合ったことが面白かったので笑い合った。その後も雑多なはなしをとめどなく続けて夕食を終える。
やることを終えた2人は夜の見張り番の役が回ってくるまで横になって眠った。
翌日、襲撃の後片付けが再開された。隊商の人足は焼けた荷馬車からまだ使えそうな品物を別の荷馬車に移し、傭兵や冒険者は死体を埋める穴を掘る。
予想通り、ユウとトリスタンは死体を埋める穴掘りを命じられた。傭兵は仲間の戦死者の、冒険者は同業者の穴を最初に掘る。
2人としては色々あった相手の穴を掘るわけだが、自分たち以外はあのパーティの生き残りだ。最低限の会話だけで協力して穴を掘る。それが終わったら遺体を穴に降ろし、上から土を被せた。
この後、傭兵と冒険者全員で襲撃者を埋める穴を掘る。ある程度の深さを掘ると順次死体を放り込んでいった。そこに敬意はなく、ただ雑な作業という行為のみしかない。
最後に焼けただれ空になった荷馬車を街道の外に移動させると作業は終了だ。一同次々と終わった者から大きな息を吐いていく。
昼と言うにはまだ早すぎる中途半端な時間に隊商はその場から動き始めた。13台の荷馬車が1台ずつ鉱石の街道に入って東へと進んでゆく。
荷台の後方に座っているユウはひときわ大きな揺れの後、荷馬車が街道に入ったのをその目で見た。徐々に襲撃跡が遠ざかってゆくのを眺める。
「はぁ、やっと終わったねぇ」
「これ以上はもう何もあってほしくないな」
「町に近いんだし、襲撃は遠慮してほしいよね、盗賊もそうでない人も」
「次もう1回襲われたら、結構危ないよな」
「そういうこと言うの止めてほしいな。でも、やるとしたら今日の昼か、明日かな」
「つまり、明日までは気が抜けないってわけだ」
「昨日襲ってきた人たちって、僕たちを皆殺しにするつもりなのかな?」
「どうだろう。もう1回襲われたらわかるんじゃないか?」
「そのときは僕たち死んでるじゃない」
「だから来ないようにお祈りをしておくんだよ」
「どの神様に祈れば良いと思う?」
「ギャンビー神、かな?」
「幸運の神様ってあれだっけ。僕にとっては博打の神様っていう印象が強いんだけどなぁ」
微妙な表情を浮かべたユウはそのまま口を閉じた。隣でトリスタンはどこかの神に祈る仕草を始める。それが正しいのかは判断できない。
それには何も言わずにユウは流れゆく風景をぼんやりと眺めた。
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