盗賊と魔物の来襲
周辺地域に危険地帯と認識されている場所に入ったその夜、ユウは魔物に襲われた。ほとんど見えない中で迎え撃ってなんとか倒したが、冒険者がこの仕事を引き受けたがらない理由を何となく知る。その結果、小さいながらも胸の内にわだかまりが残った。
それでも、もはや途中で止めるわけにもいかない。その後、何事もなかったかのように見張り番を続けた。
先行きが不透明になってきたことを不安に思ったユウだが、翌日からはそんなことを考えている暇がないことを知る。盗賊と魔物の襲撃を頻繁に受けるようになったからだ。
4日目の昼下がり、ユウの乗った荷馬車は東へと進んでいた。現在は傭兵の1人が周囲を警戒しているため、ユウとエイベルは荷台に横になっている。これからは空き時間すべてを寝ることに費やさないと身が保たないからだ。
眠れなくともとりあえず目をつむっていたユウは「不審な集団発見!」の声で体を起こす。エイベルも跳ね起きたのを横目で見た。続報を待っていると御者台から声がかかる。
「北東から馬に乗った集団! 数は30程度!」
「ルーク、弓の準備を! ユウは待機!」
「はい!」
指示を出すエイベルにユウは短く答えた。最初に矢の応酬があるのなら、近接武器しか持たないユウにやれることはない。
荷台の後方は弓兵となった傭兵のルークと指示を出すエイベルが占めたので、ユウは御者台の手前に寄った。そして、御者の背後から外の様子を窺うと確かに隊商の斜め前の平原から土煙を上げて迫ってくる馬の集団がいた。みるみる迫ってくる。
次いで前方を走る荷馬車の後方から傭兵が何かの合図を送ってきたのをユウは見た。さっぱりわからないユウに対して御者が再び叫ぶ。
「馬上の集団は盗賊! 近づいて来たら攻撃せよ!」
「了解!」
すかさずエイベルが応じた。直後に弓兵へと指示を追加する。
馬に乗った集団は隊商を狙っているのは明らかだったが、まっすぐ目指しているのは隊商の後方のようだった。盗賊集団の先頭から順次後方の荷馬車へと矢を射かけてくる。
それを合図に隊商側も弓を持つ者が反撃を始めた。双方共にぱらぱらと矢を射るが、どちらも弓の腕はいまいちのようであまり当たる気配がない。しかし、偶然は常に起きる可能性がある。
そろそろ危ないと思ったユウは一旦顔を引っ込めた。今のところどちらも矢が命中したのを見ていないので、荷馬車に乗り込んでこられる可能性を考える。備えておこうと
すると、ユウは「がっ」という短い声を耳にする。御者台へと目を向けると、御者の左のこめかみに矢が刺さっていた。残っていた矢の勢いでゆっくりと右へと頭から倒れてゆき、御者台から滑り落ちて車輪に踏まれる。
「うわ!? 嘘でしょ!」
垂れ落ちそうだった手綱をなんとか手にしたユウは、荷台から御者台に乗り出すような格好で馬を操作する羽目になってしまった。顔を左に向けると、盗賊との距離が近づきつつも矢の応酬はまだ続いている。次の偶然が飛来する可能性は充分にあった。
そのままの格好でユウが叫ぶ。
「エイベルさん! 御者の人が矢を受けて死にました!」
「まさか!? 馬は誰が!」
「僕が御者台に乗りだしてやってます!」
「ではそのまま操作しなさい!」
「僕まだまっすぐにしか動かせませんよ!? 習っている途中なんです!」
「今はとりあえずそれでいいですから!」
こうして公式に臨時の御者に任命されたユウは中途半端な姿勢で荷馬車を運転することになった。涙目で馬の尻を見ながら、おとなしく経験豊かな馬でありますようにと祈る。
その後も隊商の傭兵と馬に乗った盗賊の矢の応酬はしばらく続いた。しかし、充分に近づいて来た弓を持たない盗賊たちが隊商の後方3台の荷馬車に乗り移ろうとする。
当然ユウのいる荷馬車にも汚らしい盗賊が近づいて来た。目に好戦的な光をたたえ、野卑な笑みを浮かべ、蛮声を発して馬を荷馬車に合わせようとする。
さすがに自分の命が惜しいユウはいつ手綱を手放して盗賊に対応しようか考えていた。荷馬車が1台駄目になって責任を問われても、死ぬよりかはましである。
あと少しと覚悟を決めつつあったそのとき、ユウは背後から誰かが槍を突き出して馬上の盗賊を突き刺したのを目にした。ちらりと目を向けるとそこにはエイベルの顔がある。
「よく我慢しました! 今しばらくそのまま馬を操作しなさい!」
「はい!」
1人馬上の盗賊を刺し殺したエイベルにユウが声を返した。その後もエイベルが盗賊を追い払うのを見ながら何とか荷馬車を運転する。
盗賊が諦めて去っていくのはかなり後のことだった。
何とか盗賊の襲撃を撃退したその日の夜、ユウはエイベルたちと一緒に夜の見張り番をこなしていた。昼間にどれほど活躍しようとも、夜の勤めからは逃げられないのである。それはユウだけではないので文句も言えないが。
ただ、この夜の見張り番での戦い方に不満はあった。荷馬車を守るために警護しているとはいえ、ほとんど何も見えない暗闇の前に立ってやって来る何かを迎え撃てというのは無茶だからだ。松明代わりに燃え盛る
そこで思い切ってエイベルに相談してみた。ブランドンとチャーリーのパーティとは絶交状態なので相談できないからである。
「エイベルさん、夜に魔物と戦うときって、他の冒険者はどうしているんですか?」
「大体見えにくいながらも何とか戦っていますよ。自分の感覚に頼る者や槍などの長い武器を使うなどしてです」
「そうですか。でしたら、篝火をもっと荷馬車から遠ざけて置きませんか? それで前に出た僕が篝火の手前に立って魔物を迎え撃つんです。魔物も明かりに反応しているのなら、荷馬車から遠ざけた方が良いでしょう?」
「視界を確保するわけですか」
「明るい所から暗い所を見ても真っ暗で見えないですけど、逆だと見えるでしょう? 遠くから明るい場所が目立つように」
「なるほど、言われてみれば確かに。でしたら試してみましょう」
提案を受け入れてもらえたユウは早速篝火を移動させた。あまり離れた場所に置くわけにはいかないが、近い場所だと意味がない。
だいたいこんな感じであろうという場所にユウは篝火を置き直した。そして、篝火が照らす範囲の
「僕はこの辺りに立ちますので、エイベルさんたちはお好きなとこへどうぞ」
「少し遠いですね。ただまぁ、これで戦えるのでしたら」
微妙な表情を浮かべつつもエイベルともう1人は黙った。そして、ユウの背後から数歩離れた所に立つ。
そうしてしばらくすると、複数の足音が暗闇の向こうから聞こえてきた。人間のものではない。
「獣か魔物の群れです!」
「これはまずい。ルーク、全員起こせ!」
「わかった。獣か魔物の集団来襲! 全員起床!」
踵を返して隊商に戻る傭兵が叫んだ。すぐにそれぞれの荷馬車から傭兵や冒険者が出てくる。
それを背中で聞きながらユウは正面を見つめた。腰を低くして右手に
せっかく篝火を移動させたが、あまり意味がなくなったなとユウは思った。多数で押し寄せて来られてしまうと数に押し切られてしまうので、戦い方も何もなくなるからだ。うまくいかないなとため息をついた。
その後、ユウたち冒険者を中心として傭兵団は襲いかかって来た獣の群れと戦う。しかし、低木程度なら突進で倒してしまう大きな角と巨体を持つ
こんな状況でユウは限定的に活躍した。悪臭玉を使って魔物をもだえさせ、後続の魔物がそれを避けられずにぶつかったところを他の傭兵と一緒に倒すのだ。これがなかなか有効だった。しかし悲しいかな、手元に悪臭玉は2つしか残っておらず、使い切った後は他の冒険者たちと同じように地道に倒していくことになる。更には接近戦を挑み続けたせいで軽傷とはいえあちこちを負傷してしまった。すべて終わったときは満身創痍である。
次の町までの道のりはまだ半分にも達しておらず、危険と言われる地域に入ってまだ2日目だ。残る日数を考えると頭が痛い。
獣と魔物が倒れている暗い平原の上で片膝立ちをするユウがつぶやく。
「思ったよりもきつい。本当に行けるの?」
周りの声を聞いている限り、今のところ戦死した者はいないようだ。しかし、負傷者は自分を含め何人かいるはずである。これが毎日続くのだとしたら、次の町にたどり着けるか怪しい。
遠くでエイベルが自分の名前を呼んでいることを知ったユウは立ち上がった。
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