とある商売人の荷馬車(前)
ロクロスの町の冒険者ギルド城外支所で仕事を獲得できそうにないと知ったユウとトリスタンは今後どうするべきか相談した。その結果、翌日もう1度仕事を探してなければ歩いてアカムの町へ向かうことに決まる。船を使うか相当迷ったが、やはり出費を抑えられる魅力には逆らえなかったのだ。
そうと決まればこの日の仕事は終了である。2人は少し早めの夕食を取るために酒場へと足を踏み入れた。
とある年季の入った石造りの酒場は既に半分ほど席が埋まっているのを2人は目にする。そろそろ西日が強くなる頃にしてはまずまずの客入りだ。
カウンター席もたくさん空いていたので2人は並んで座る。どちらもすぐにやって来た給仕女に料理と酒を注文した。
まずは届けられた木製のジョッキを手にすると2人は同時に口を付ける。
「はぁ、おいしい。前の町以来だから久しぶりだなぁ」
「そうだな。やっぱり冒険に出た後はこれに限る」
「冒険って、船に乗っていただけじゃない」
「俺にとっては冒険なんだ。初めての体験だからな」
機嫌良く反論したトリスタンが嬉しそうに木製のジョッキを再び傾けた。口を離すと大きく息を吐き出す。その間に注文していた料理が運ばれてきた。2人とも黒パンや肉を口に入れるのに忙しくなる。
しばらく食べることに集中していたユウはある程度腹を満たすと店内に目を移した。客の入りに変化はない。
ユウの様子に気付いたトリスタンが口の中の物を飲み込んでから声をかける。
「どうした、ユウ?」
「大したことじゃないんだけど、トラドの町ほど傭兵を見かけないなって思ったんだ」
「それはそうだろう。あっちは戦争するために傭兵をかき集めているんだから、事情が特殊だよ。このロクロスの町くらいが普通なんじゃないか?」
「なるほど、そうかもしれないね」
カウンターへと向き直ったユウが返答した。確かにあそこは戦争特需で冒険者も傭兵も数多くいたものだ。そんな特需のないこの町に同じだけの盛況さを求めるのはおかしいだろう。冒険者の扱いはいささか気になったが。
食事を再開したユウにトリスタンが話しかける。
「しかしなぁ、とりあえずアカムの町に行くのはいいとして、それからどうする? トレハーの町の近辺は海賊がいるらしいから、行くのは危ないよな」
「街道はどうなのかまだわからないじゃない。安全、っていうのもおかしいけど、悪い噂がなかったら最悪歩いてでも行けると思うけど」
「まぁなぁ。アカムの町に着いたら話を聞き回って、その結果次第じゃ考え直さないといけないかもしれんな」
「トレハーの町までの宝物の街道が危ないようだったら歩きでも行くのを諦めるの?」
「そうだよ。旅費が抑えられるのは魅力的だけど、やっぱり避けられる危険は避けたいだろう?」
「僕はもう海を見たから構わないけど、トリスタンは場合によっては海を見られなくなっても良いわけ?」
「ユウの言う東の果てがどこかはわからないが、そこまで行く途中で何度か見られる気がするんだよな。だったら急ぐ必要はないだろうと」
「なるほど、だったら無理をしてまでトレハーの町には行かなくても良いんだね。アカムの町の状況次第では」
「そうだな。あんまり無茶なことにユウを付き合わせられないし」
「はは、それを言ったら僕の方がよっぽど無茶なことに付き合わせているじゃないの」
「そう言えばそうだったな」
お互いの言葉にユウとトリスタンは笑い合った。この感じが心地よい。
2人で旅を始めて良かったと改めてユウは感じた。
翌日、ユウとトリスタンは日の出と共に起きた。外に出る準備を済ませると三の刻の鐘が鳴ると同時に宿を出る。そのまま冒険者ギルド城外支所へと向かった。
朝一番の冒険者ギルドは大抵活気があるものだが、ロクロスの町は静かなものである。冒険者の出入りはあまりなく、中も人がそれなりにいる程度だ。良いところがあるとすれば並ぶ行列が短くて済むというくらいだろう。
特に急ぐ用もないので2人は昨日対応してくれた受付係の列に並んだ。すぐに順番が回ってきたのでユウが声をかける。
「おはようございます。アカムの町へ向かう仕事はありますか?」
「昨日来た2人だね。あるよ」
「え? あるんですか?」
「自分で聞いておいて何を、と言いたいところなんだけど、実は昨日の終わり頃に滑り込むように入ってきた依頼なんだ」
「そんなのがあるんですか。それで、どんな内容なんです?」
「隣町のアカムの町に住む商売人の家に商売人当人と空の荷馬車を届けるというものだよ」
「依頼者本人もですか?」
概要を聞いたユウとトリスタンは顔を見合わせた。空の荷馬車を送り届けるというのは理解できるが、依頼者本人も一緒に送るとはどういうことなのか。
のんびりとした調子で受付係が説明を続ける。
「依頼者はアカムの町を拠点に商売をする商売人なんだが、この町に来たときに病気で倒れてしまったんだ。しばらく療養して回復するのを待っていたそうだが、その見込みがないので自分と荷馬車を送ってくれる冒険者を探しているということなんだよ」
「その病気ってどんなものなんですか?」
「風邪だと聞いている。依頼者は年寄りだからなかなか治らないんだろうね」
病名を聞いたユウは安心した。うつされる可能性はあるものの、凶悪な病気でないのならばまだ我慢できる。若いと感染しにくく、また治りは早いのだ。
話を聞いていたトリスタンが口を挟む。
「報酬はいくらなんですか?」
「銀貨20枚だそうだよ」
「そんなにですか!?」
受付係の回答を聞いたトリスタンが目を剥いた。金貨1枚分の仕事など普通は鉄級の冒険者に回ってくることなどない。それを知っているだけに驚愕したのだ。
もちろんユウもそのことは知っている。だから訝しんだ。再びトリスタンと交代して受付係に話しかける。
「どうして報酬がそんなに高いんですか?」
「もちろん理由はあるよ。まず、依頼者は町民なんだ。だから、今依頼人がいる場所も送り届ける先も町の中なんだよね。つまり、その入場料込みだということ」
「必要経費込みの額だということですか。ということは、水や食べ物も自分で用意するわけですね」
「その通り。次に、銀貨20枚というのは1人に対してではなく、パーティ単位の金額だ。なので、あんたたちの場合だと1人銀貨10枚になるね」
「それでも充分高いですけど」
「あんたたちは2人だからね。それで次に、最低1人は荷馬車を扱えることと病人の世話が条件だ。何しろ依頼人は病気でろくに動けないからね」
説明を聞いているユウは次第に微妙な表情になっていった。ユウとトリスタンは2人パーティだから報酬額が大きく思えるが、もし6人パーティだと入場料2回分の負担が大きすぎて赤字になる。4人パーティなら黒字になるが、荷馬車の操作と病人の世話があるとなる割に合わないと判断するところも多いはずだ。では、ユウたちなら問題ないのかというと微妙である。今度は1人当たりの負担が大きい。
話を聞き終えたユウは受付係に尋ねる。
「昨日、割の良い仕事は地元の冒険者に回すと言っていましたよね。ということは、僕たちに勧めた時点で何か問題のある仕事ということですか、この依頼は?」
「よく覚えていたね。半分は正解だよ。どういうことかと言うと、6人パーティだと赤字になるし、4人パーティだと微妙な仕事なんだ。しかも病人の世話なんてやりたくないだろうし、そもそも馬を扱える奴がほとんどいない。こんな仕事じゃ、地元の冒険者に紹介なんてしにくいだろう?」
「そんなのを聞いたら僕たちだって引き受けたくないですよ」
「しかし、あんたたちは2人だから少なくとも大儲けできるじゃないか。更に面談だが、不採用になることはほぼないんだ。こう言ってはなんだけど、相手は病気で死にかけた年寄りだ。早く家に帰りたくて仕方がないし、急がないと途中で死んでしまうかもしれないから、向こうは選んでる時間がないんだよ」
「でもこの依頼、普通は傭兵の案件ですよね?」
「傭兵でも馬に乗れる奴はあまりいないし、そもそも病人の世話なんて論外なんだ。連中に取っちゃ、仕事ってのは戦うことだからな」
「だから僕たちのようなよそ者にさせたがるわけですか」
「あんたたちは大儲けしてアカムの町に行ける、こっちは商人ギルドに恩が売れる、じいさんは家に帰れる。全員幸せになれるだろう?」
馬の扱いはトリスタンが何とかできるので、後はユウが病人の世話をするかどうかだった。祖母の世話をしていたことがあるのでやれるかどうかと問われればできる。
隣で話を聞いているトリスタンの顔をユウは見た。目を向けてきたあちらの顔も困惑している。
引き受けるかどうかユウは迷った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます