引き受けられる依頼を探そう

 晩秋も終わりを告げようという朝、黒目黒髪の少年はミネルゴ市の冒険者ギルド城外支所本部の前に1人で立っていた。廃棄場からの悪臭に顔をしかめつつも心は軽やかだ。


 丸1日開いている城外支所本部に出入りする冒険者の数は三の刻の鐘が鳴る頃には一旦落ち着いてくる。それに比例して貧民の街道も空いてきた。


 その間を縫うようにして、くすんだ金髪のそばかすが目立つ青年が少年に近づいて行く。


「ユウ、待たせたな!」


「おはよう、トリスタン。それじゃ、中に入ろうか」


 挨拶を交わしたユウとトリスタンは荷物を担いで笑顔で城外支所本部へと入った。室内には数多くの人々がいてかなり騒々しく、暴力的な雰囲気が漂う活気に溢れている。


 相も変わらず長い列に並んだ後、2人は時間をかけて受付カウンターの前までやって来た。目の前の受付係は城外支所本部でユウが唯一知っている人物である。


「おはようございます。荷馬車の護衛を探しに来ました」


「下水路じゃなく、荷馬車の護衛? あいにくそっちの依頼は古株の連中に回しているんだ。大体、あんたはまだ南西派出所の方で働いてるんだろう? 前にも言ったが」


「ああいえ、下水路での用事は終わったので、もう王都を離れるんです。そのために仕事を探しているんですよ」


 言葉を遮られて呆然とする受付係を見返すユウが自分の事情を話した。南西派出所には下水路関係の仕事しかないため、ミネルゴ市の外向けの仕事を探すためには城外支所本部に出向くしかないのだ。


 続けてユウは受付係に話しかける。


「ここの習慣については前に聞きましたから知っています。でも、荷馬車の護衛をして王都にやって来た外の冒険者が帰るための仕事を探すこともあるでしょう?」


「なかなか目ざといじゃないか。確かにある。ただし、あんまりいい仕事とは言えないが」


「古株の人にはいい仕事を回して、外の冒険者には割の良くない仕事を回しているんですか。よく外の冒険者に文句を言われませんね」


「小言なら毎回言われるよ。ただ、嫌なら歩いて帰れって言い返しているだけさ」


「うわぁ」


 隣のトリスタン共々ユウは嫌そうな顔をした。どんな組織でも古参が優遇されることは珍しくないが、それを目の当たりにすると良い気はしない。


 黙ったユウに変わってトリスタンが話を進める。


「それで、どんな仕事があるんだい?」


「そもそも、あんたらはどこに行きたいんだ? 東ならロードズ、西ならリフィン、南ならビゴック、北ならアディになるが。それと、パーティメンバーは2人でいいのか?」


「メンバーは2人でいいよ。方角は東で良かったんだよな、ユウ?」


「うん、宝物の街道沿いに進みたいんです。できればトレハーの港町まで」


 行列に並んでいる間、ユウとトリスタンは有り余る時間を使ってこれからどこに行くのか話し合った。ユウは東を目指したい、トリスタンは海を見てみたい、という2人の要望を重ね合わせた結果、最初は宝物の街道沿いに旅をすることに決まったのだ。


 2人の希望を聞いた受付係は難しい顔をする。


「宝物の街道沿いにトレハーの町までか。今はないな。古参の連中に回してる中にもだ。春先ならあったんだが」


「どうして今はないんですか?」


「ロードズの町から東は、基本的に大岩の山脈から流れる岩雨の川を使って物を運ぶのが一般的だからだよ。岩雨の川が雪解け水で水量が増える春先だけなんだ、宝物の街道全体を使って物を運ぶのは。ただ、ロードズの町まででいいのなら1件あるぞ」


 目的地に近づける仕事があると耳にしたユウとトリスタンは目を輝かせた。トレハーの町まで一気に行けないのは残念だが、満額の回答が無理ならば仕方ない。


 受付カウンターに手を突いたユウが少し身を乗り出すように頭を前に出す。


「どんな仕事なんです?」


「鉱石を運ぶ行商人エグバートからの依頼だ。荷馬車は1台で目的地はロードズの町、求めているのは護衛2人だな」


「他にはないんですか?」


「どれもパーティの人数が合わないな。4人以上だったらぽつぽつとあるんだが」


「トリスタン、この仕事でいいかな?」


「他にないんだったら仕方ないだろう。先のことはロードズの町に着いてから考えようぜ」


「ということで、紹介状を書いてください」


「わかった。エグバートは東門側の旅人の宿屋街の北側にいる。ぼろい幌付きの荷馬車だそうだから、それが1台だけのやつを狙って探せ」


 1枚の羊皮紙を手渡されたユウはそれを受け取った。すぐにトリスタンへと顔を向けてうなずくと踵を返す。2人は城外支所本部の建物から出ると東門側の旅人の宿屋街を目指した。


 相変わらず盛んに工事がされている拡張工事現場を眺めつつ、ユウとトリスタンは新設された貧民の道を歩く。旅人の宿屋街が近づくにつれて、宝物の街道を挟んだ北側の原っぱがはっきりと見えてきた。


 途中から貧民の道を外れた2人は何台もの荷馬車が停まる原っぱの中を進む。1台だけの荷馬車が何台か視界に入った。それらしき荷馬車の主に声をかけていく。


 3度首を横に振られた2人は、4度目に赤みがかった茶髪の快活そうな青年に近づいた。紹介状を手にするユウが声をかける。


「冒険者のユウです。あなたがエグバートさんですか?」


「やぁ、やって来てくれたんだ! 待っていたよ。その通り、私がエグバートだ」


「冒険者ギルドでこの依頼を紹介されてやってきました。これが紹介状です」


「確かに本物だね。私のことは冒険者ギルドで聞いているかな?」


「鉱石を運ぶ行商人で、荷馬車は1台、目的地はロードズの町で、護衛2人を雇いたいということなら聞いています」


「おおよそのことは聞いているんだね。その通りだよ。私はミネルゴ市を拠点とする商売人シドニーの息子で、今回初めて1人で仕事をするんだ」


「なるほど、行商人から成り上がったわけじゃないんですか」


「それは私の父の方だね。ただ、そうは言っても私だってそれなりに苦労はしているよ。何しろ、この荷馬車を買うところから始めたんだから」


「え? お父さんから譲ってもらったわけじゃないんですか?」


「これも修行だって言われて、荷馬車を買うところからすることになったんだ」


「ということは、護衛も欠員が出たからではなくて、本当に初めて雇うわけですか」


「だから道中のことを頼みたいんだ」


 見た目通り快活な青年エグバートが笑顔でユウに答えた。


 面接を受けるつもりでやって来たユウはいつの間にか採用という流れになっていていることに気付く。まだ自分たちのことを何も話していない。


 確認するつもりでユウはエグバートに問いかける。


「僕たちを採用するということで良いんですか?」


「できればそうしたいけど、私の質問にまずは答えてほしい。君たち2人はこういった仕事はしたことがあるのかな?」


「僕はありますよ。トリスタンは?」


「俺はないかな。いつも下水路の仕事ばっかりだったし」


「ユウが経験した荷馬車の護衛っていうのは、大きな隊商? それとも小さな隊商?」


「どちらもありますよ。荷馬車1台から何十台っていう隊商まで」


「経験豊富なんだね。それは助かる!」


 嬉しそうにエグバートが手を叩いた。それからいくつかの細かい質問をユウに繰り返す。そのすべてにユウははっきりと返答した。


 その様子を見ていたエグバートは大きくうなずく。


「悪い人たちじゃなさそうだし、採用するよ。実は出発が明日でね、ぎりぎりなんだ。期間は1週間、報酬は1日マグニファ銅貨4枚、期間中の3度の食事と1日分の水は雇い主の私が提供する予定だよ」


「まぁそんなものですね」


 特におかしな点はないことを知ったユウはうなずいた。


 一方、トリスタンは荷馬車へと目を向けている。


「これは相当年季の入った荷馬車だなぁ」


「荷馬車で商売を始めるときはみんなこんなものだよ。ただし、荷物を載せてちゃんと動くことは確認してるよ。でないと商売ができないからね」


「そりゃそうだ。それで、明日はいつここに来たらいいんですか?」


「日の出後に他の行商人と出発するから、日の出前には来てほしいかな」


「二の刻以降で日の出前ですね、わかりました」


「それで構わないよ。あんまりぎりぎりは困るけどね。その辺りはうまく調整してほしい」


「出発するまでにはやって来ますよ」


 ぼろい幌付きの荷馬車から目を離したトリスタンがエグバートにうなずいた。初めての荷馬車の護衛というだけあってやる気に満ちている。


 元々選択肢などなかったユウだったが、思ったよりもまともな雇い主に安心する。改めて依頼を引き受けることを告げるとエグバートに喜ばれた。


 その後、しばらく細かい話をしたユウとトリスタンはエグバートと別れる。いよいよミネルゴ市を離れるときが近づいて来た。

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