古鉄槌再び
晩秋の寒さが厳しくなる頃、ユウとトリスタンは日没直前の貧民の道を歩いていた。向かうは冒険者ギルド城外支所本部である。日没後にウィンストンと待ち合わせているのだ。
今日はユウの送別会である。ウィンストンが約束通り開いてくれることになったのだ。参加者は3人だけだが、ユウはとても楽しみにしている。
城外支所本部にたどり着くとウィンストンが外で待っていた。すっかり肌寒い季節だというのにそんなそぶりをまったく見せていない。
「ウィンストンさん、こんばんは!」
「ユウ、トリスタン、来たか。酒場の個室を予約してる。行くぞ」
「俺もう腹が空いて仕方ないんですよ!」
ウィンストンを先頭にユウとトリスタンが後に続いた。悪臭を放つ廃棄場と下水路網の出入口を通り過ぎ、城外の歓楽街に差しかかると路地に入る。何軒か店を通り過ぎた後にとある酒場へと入った。
近づいて来た給仕女にウィンストンが予約の件を告げると個室に案内してくれる。4人席の部屋だ。予約していたのですぐに料理と酒が運ばれてきた。
テーブルの上に置かれた料理と酒に目を輝かせる2人に対して、ウィンストンが声をかける。
「遠慮なくやってくれ。今日は全部儂持ちだからな」
「はい、いただきます!」
「今日は目一杯食ってやるぞ!」
歓声を上げたユウとトリスタンが料理と酒に飛びついた。2人仲良く木製のジョッキを傾けると、肉、黒パン、スープに手を付ける。
それを眺めながらウィンストンがゆっくりと木製のジョッキに口を付けた。旨そうに息を吐き出すと鶏肉を切り取って口に入れる。
「今年の初め頃にお前さんと出会ったが、とうとうこれで本当のお別れだな」
「そうですね。故郷を出てから知り合った人だと、一番長く関わりました」
「儂がか。パーティを組んでいた仲間じゃねぇのか」
「他の人たちと本格的に知り合ったのは春になってからなんです」
老職員の会話に答えながらもユウは口に物を入れては動かしていた。今は豚肉と牛肉を中心に切り取ってはエールで流し込んでいる。
「ウィンストンさんに稽古を付けてもらったのは本当にありがたかったです。あれのおかげで強くなれたって実感できましたから」
「そいつぁ嬉しいな。お前さんは鍛えたらまだ強くなる。これからも鍛錬を続けるといい」
「ただ、この前下水路で戦ったときにちょっと気になったことがあったんですよね」
「何がだ?」
「僕、困ったときには悪臭玉を使うんですけど、下水路で使ってもほとんど効果がなかったんですよ。何しろひどい悪臭でみんな鼻が麻痺していましたから」
「はっはっは、そりゃそうだ。まぁ、使いどころによるわな」
「ですから、できれば悪臭玉に頼らなくても戦えるようになりたいんです。そのためにはどう鍛錬したら良いのかなって。あのときは相手が僕より弱かったから良かったですけど、そうじゃなかったら今頃は」
「お前さんを鍛えたのは半年くらいだったと思うが、その間に技や術そのものは大体教えたつもりだ。だから、技術の問題じゃなく、心の方だろう」
「心ですか?」
「そうだ。お前さんにとって悪臭玉はこれさえあれば勝てるという切り札なんだろう。実際にそれで何度も切り抜けてきたんだと思う。だから、すっかりそれに頼り切っちまってるんじゃねぇかな」
「それは、確かにあるかもしれません」
「お前さん、もしこれからの戦いで悪臭玉を二度と使えねぇとしたら、生き残れる自信はあるか? ないんだとしたら、今まで儂が教えたことも意味がねぇってことになる」
ゆっくりと話すウィンストンの言葉にユウは目を見開いた。そんなことは考えたこともなかったことだ。言葉を返せずに黙る。
「世の中には道具1つにすべてを託すヤツはいる。しかし、お前さんはそうじゃねぇだろう。だから今後やるなら、悪臭玉なしでも切り抜けられるよう鍛錬するべきなんだろうな」
かつての故郷の仲間のことをユウは思い返した。悪臭玉なしでも強い人の顔が脳裏に浮かんだ。
1度エールを口に流し込んだウィンストンがトリスタンに顔を向ける。
「お前さんはどう思う?」
「俺なら似たような実力を持つ相手と模擬試合するかなぁ。勝ったり負けたりするのはいい刺激になると思うし、自信に繋がると思うんですよ」
「なるほど、確かにいい刺激になる。ただ、旅をしながらだと厄介だ。誰かと一緒ならその相棒に頼めるだが、ユウは一人だからなぁ」
ソーセージを摘まんだウィンストンが首を横に振った。そのまま摘まんだ物を口に入れる。何度か噛むとエールと一緒に飲み込んだ。それから、ひたすら食べているトリスタンに顔を向ける。
「トリスタン、お前さんも旅に出るって気はないのか?」
「結構懐も温かくなったし、実は俺も国を出ようかなとは思っているんですよね」
意外そうな表情を浮かべたウィンストンがトリスタンを見つめた。ユウも手を止めて顔を横に向ける。
「お前さん、それは本気で言ってるのか?」
「本気ですよ。この前、城外神殿からの帰りに南西派出所の前で公示人を見かけたんです。ちょうど鉄級冒険者の徴兵をしていたんですよ。そのときはうまく避けられたんですけど、ああいうのって1回あるとその後何回もありそうで不安なんですよね」
「トリスタンはあのとき、貴族の身分証明書で難を逃れたんだよね」
「まぁな。でも、これから先も使えるとは限らない。今は勝っているからいいけど、もし負けが込んだら銅級だって危ういし、あの身分証明書が通用するかも怪しいぞ」
「お前さん、鉄級なのか?」
「今は。でも、冒険者ギルドには申請してあるんで明日には銅級に昇級します」
戦争を避けるために旅に出たという側面があるユウはトリスタンの気持ちがいくらかわかった。しかし、完全に貧民だった自分と違ってトリスタンの身分は貴族である。
「トリスタン、君ってまだ貴族なんだよね。旅に出ても大丈夫なの?」
「前にも言ったけど、没落した貴族なんだ。しかも周りに迷惑をかけた。だから、いなくなっても誰も困らないし怒りもしないだろうね」
「しかしお前さん、今回の件で銅級に上がれるんだから、その手柄で城壁の中へ返り咲こうとは思わねぇのか?」
「少なくともミネルゴ市の中には戻りたいとは思わないですね。没落した件で親だけじゃなく俺も結構ひどいことを言われたんで、そんな連中とまた顔を突き合わせたくないんですよ。だから、やり直すとしても別の町がいいです」
「そんなことができるのか?」
「貴族にはこだわっていないですよ。町民でも構わないですし」
「なるほどなぁ」
微妙な表情をしたウィンストンが黙った。そして、木製のジョッキを呷る。
口に入れていた物を飲み込んだユウがトリスタンに顔を向けた。思い出したかのような表情で尋ねる。
「
「今は充分懐が温かいからいいよ。それに、あそこも1人じゃ稼ぎにくいんだろう?」
「だったら、僕と一緒に旅をする?」
「それが一番いい選択なんだと思う」
「え、本気なの?」
「ああ。今まで下水路で一緒に活動していたけど、俺たちって結構合っていたよな?」
「うん、僕もそう思う」
「なら決まりだ!」
「そうなると2人だけだが新パーティ結成か。こりゃめでたい!」
2人の様子を見ていたウィンストンが顔をほころばせた。
誘いを受け入れてもらえたユウも喜んだ。1人は気ままで楽なのだが、やはり何かと不便でもあった。一緒に歩める仲間がいるというのはとても心強い。
空になった木製のジョッキをテーブルに置いたウィンストンが感慨深そうにしゃべる。
「懐かしいなぁ、儂も若い頃にこんなことがあったんだよな」
「そうなんですか。どんな人だったんです?」
「器用なヤツだったよ。それに、いいヤツでもあった。ま、儂のことはいい。それよりお前さんらはこれから2人で行動するんだよな」
「はい。あ、模擬試合の相手もしてもらえますね」
「それよりも、パーティ名はどうするんだ? 急いで決める必要はないが」
「実のところそれはもうあるんです」
問われたユウが照れ笑いした。それを見たトリスタンが思い出したように口を開く。
「お前が昔話で話していたやつか? 先輩から受け継いだんだっけ」
「そうだよ、
「俺、パーティ名にこだわりはないからなぁ」
「だったら決まりだね!」
「よし、ならこれから
にかっと笑ったウィンストンが個室の扉を開けて給仕女を呼んだ。そして、大量のエールを注文する。それにユウとトリスタンが目を見張った。きっと明日は起きられない。
再び受け継いだパーティ名を名乗ることができたユウは喜ぶ。今度は長く続くように祈りながら。
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